運命の恋人 ～上司は美しい悪魔の生まれ変わりだった～

その夜…

「恵美、ただいま…」

「お帰り…健斗」

健斗はいつも通りを装っているが、どこか元気がなく沈んでいるように見える。
私はあえて気づかない振りをした。
すると、急に健斗が後ろから抱きしめてきた。

「健斗。どうしたの？なにかあったの？」

健斗は大きなため息をついて、静かに話し始めた。
いつもより低めの、力のない声だった。

（…なんか聞くのが恐い気がする…）

「今日、三枝物産の社長が来たのは知ってるよね？」

「…うん。」

「この前、退院の時に病院へ花束持ってきた女性の親父なんだ。」

「そ…そうなんだ。」

「うちの会社と数億円の取引を持って来たんだけど、条件があるらしい。」

「…うん…」

（…何故かとても嫌な予感がする…）

「もう一度、娘との結婚を考えて欲しいと言い出して、とりあえず３日間の旅行に娘と行くこと。…それが条件だ…」

「…それで…健斗は…ど…どうするの？」

「会社からの命令で、３日間の旅行には行けと言われたんだ。」

「…健斗…」

「恵美、ごめん。３日間だけ許してくれ、どうすることも出来ないんだ。」

一瞬、目の前が真っ暗になったが、健斗の気持ちを考えれば暗い顔は出来ない。
精一杯の笑顔を努めた。

「…うん。な…なに深刻な顔しているの。健斗を信じているよ！」

健斗は私の言葉に少し驚いたようだったが、静かに頷いた。

「恵美、彼女とは何もないから。旅行行っても、絶対に何もないからね！」

私は健斗を信じている。でも心臓には何かが刺さっているようだった
心臓が痛い…。
数日後、健斗は会社からの命令で、三枝物産のお嬢様と３日間の北海道旅行に行くことになった。

出発の朝。出来る限り笑顔で健斗を見送ることにした。

「恵美、連絡は毎日するからね。本当にすまない。こんなことになってしまって。」

「大丈夫だよ。健斗の所為じゃないしね。健斗はそれだけ魅力的ってことだよ！」

「恵美、ありがとう。行ってきます。」

明るく健斗を見送ったが、心臓は刺さったナイフに切り裂かれそうだった。

（…健斗を信じている…）

会社に出社すると、マネージャーは深刻な顔で心配そうに話し始めた。
「鈴木さん、僕も健斗君を信じているが、あの親子はかなり執念深いかなぁ。僕もどうすることも出来なかった。悔しいよ。」

「そんなに心配しないでください。健斗は大丈夫ですよ…私は信じていますから。」

頭では分かっているつもりでも、不安な気持ちに押しつぶされそうだった。

ランチの時間になり、京子も心配そうな顔をして話しかけて来た。

「恵美、今日から高山君、北海道だよね。」

「…うん。そろそろ飛行機が到着するころかな？」

「…恵美、きっと大丈夫だよ。高山君を私も信じているよ。」

「ありがとう…」

京子の顔を見て、我慢していた気持ちが弾けたように、涙が溢れて流れ落ちた。
京子は何も言わずに、自分のハンカチを私に渡して頭を撫でてくれた。

（…毎日、連絡くれるって言っていたし、信じなくちゃ…）