星の群れ
 緑柱石の瞳に翳りが落ちた。それを見つめて、僕は言いようもなく哀しくなる。

 僕がいつもレーテの、幼馴染の後ろを追っていたのは、彼女が他人に背を向けようとばかりするからだ。そう、顔を見られまいと。

 いつも怒ったように不機嫌顔なのは、本心からの表情を隠すため。

 彼女の、本当の顔を隠すため。


 レーテ。


 僕は視線を空へと移す。

 無邪気に瞬いていたはずの星が、ふいに泣きそうな光に見えた。

「……あんなにたくさんの星を、相手にする必要ないんじゃないかな」

 空気にのって、レーテの呼吸が聞こえる。

 静かに、ひそやかに、魔術師は生命活動を繰り返す。

 僕はその孤独な魂を思う。この世の片隅で、誰にも認められることのない研究に打ち込む人。人を遠ざけながら、一方で人に依存せずにはいられない人。とてもとても臆病で、そして愛情深い人。

 僕は満天の星に顔を向けながら目を閉じる。

 一晩経てば、空の舞台は暁闇に姿を消すだろう。そして最後の最後に星がひとつ、寂しくも健気な輝きを灯しながら残るのだ。やがて空の支配者がもたらす明けに呑みこまれる運命を知っていながら。

「ひとつで十分だよ。星は、ひとつで十分な力を持ってるだろうさ。そして一つにしぼってアプローチしたら、ひょっとしたら手が届くかもしれない。……僕は、そう思うよ」

 ゆっくりと息を吐く。それから、魔術師先生に向き直った。

 レーテはとても変な顔をしていた。

「……何言ってるのかよく分からないわ」

 当惑に翠黛を寄せる。そのことが不満なのだろう、僕を睨むような気配もあった。

 僕は微笑んだ。

 ――それでいい、キミの顔から暗い翳りが消えるなら、他のどんな顔をしてくれてもいい。

「つまりさ、満天の星を従えたキミにはついて行ける気がしないけど、ひとつの星を従えたキミにならまだついて行けるかな、と。あとはその力の実験台には僕を使わないでほしいかな」
「……ふん。アンタみたいな頑丈な人間なかなかいないんだから、実験台が必要なら分からないわよ」
「まあキミの命令ならやるけどさ。うっかり死んじゃったらもうお茶淹れてあげられないしね?」

 にっこりとそう言ってやると、魔術師先生はうっとうろたえた。

「――い、一考の余地はあるわね」
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