星の群れ
 本当はアンナ嬢をこの屋敷に連れてこられればいいのだけれど、魔術師先生は常日頃からあのお嬢さんには「邪魔だから来るな。むしろ家から出るな。ちまちま服でも作ってろ」とつれない。僕があの子を連れだしたりしたらカンカンになって怒るだろう。アンナ嬢に手を出すことはないが、代わりに僕には容赦ない“罰”が与えられる。僕はしばらく逃げ惑うことになって、でも逃げきれずにそれなりにそれなりな目に遭って――ただしやられっぱなしの僕じゃない。女史の食事から好物を抜いたりなんなり報復をして、女史火山再び噴火――

 そしてアンナ嬢は、そんな僕たちを見て、きっと幸せそうに笑うのだ。

 バルコニーを、旅人のように鷹揚な風が吹き渡った。

 レーテは流されて顔にかかった前髪を、邪魔そうに払いのけた。

 その仕種で、僕は気づいた。今の今までずっと、魔術師先生は空を見上げていたのだ。僕の方を一度も見ないほど熱心に。

 今度は何を見ているのだろう?

 僕はようやく空を見上げる。
 そして、「ああ」と思わず声を漏らした。

 今日は一日天気が良かった。明日も晴れるだろうと、村人の誰もが信じている――そんな日の夜、天は星々のための舞台へと変わる。

 散りばめられた光は、ステージを一斉に瞬かせていた。
 優雅な貴婦人たる月さえも、今宵は星に気おされているようだ。

「星を見てたんだ」

 僕がそう言うと、レーテ女史はなぜかため息をついた。細い顎を片手に載せて支え、憂鬱そうに視線を揺らす。それでも、やっぱり空ばかりを見ながら。

「……星ってねえ……どうしても手が届かないものかしら」

 吐息と共に零れた言葉に、僕は軽く驚いた。

「どうしたの、超現実主義のキミらしくもない。実は実験の失敗がショックすぎて人格が破壊されたとか? キミにそんなロマンチシズムがあるなんてちょっと僕の中でのキミという人物を一から再構築しなきゃならないんだけど」
「うっさいわよアンタあたしを一体なんだと思ってんのよ」

 険悪な声で唸った女史は、肩に載った髪を豪快に後ろに跳ね除け、ふんと顎をそらした。

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