星の群れ
 一拍の間の後。

 村では山姥とも評される魔術師先生の頬が、熟れた果実のように赤く染まった。眉と目つきがみるみる吊り上り、今にも噴火しそうに紅唇が開く――が、何かが直前で激情を堰き止めたようだ。

 すとん、と音がしそうな風情で、女史は顔から力を抜いた。

 そして睨みつける場所を探して視線をさまよわせながら、前髪を掻き上げた。

「馬鹿ね。あたしはただ星のエネルギーの正体を見極めたいだけよ。使い道なんかまだ考えちゃいないわ」
「そっか」

 僕は微笑んで頷いた。

 ――発見したのは五日前。一週間の不眠不休の挙句、ばったり眠りこんだ彼女の介抱のために勝手に部屋に入った僕は、足元の本に躓いて転んだ。本の一山を崩しながら倒れた僕の目に飛びこんできたのは、魔術師先生の秘密ノート。

 ミミズののたくったような悪筆で綴られているのは、勿論魔術に関するあれやこれやだ。「絶対見るな見たらコロス」と厳命されていたことを思い出し、慌てて目をそらした僕は――直後、思わず視線を戻してそれを凝視していた。

 世界で本人以外なら、おそらく僕にしか解読できない字。しかしそのほとんどは女史にしか分からない専門用語だから、ノートの内容は結局僕にも理解できない。

 それなのに一節だけ、僕にさえはっきりと分かる文章があった。


 ――“アンナの足を”。

 ただ、それだけ。



 僕はノートを手に取り、その一文字一文字をとっくり眺めた。存在を確かめるように、その字画を目でなぞった。具体的なことは何も書かれていない。同じページの他の言葉は何一つ読み取れない。けれど。

 僕にだって分かった。

 そのノートが色褪せ、擦り切れ、何度もめくられ、何度も何かを書き足しては消してを繰り返している痕跡に満ちていることは。
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