硝子の琴
「見ろ、この狂った世界を。時の止まった世界を。この場所を作り出したのは我だ――我が望めば時さえ意のままになる。その我の前で、何がこの世の(ことわり)か」

 娘は目を細めて男を見る。まるで遠い世界にいる者を見るかのような眼差しで。

「そうしてあなたさまはすべてを意のままになさる。だからわたくしはあなたさまのものにはなれませぬ。それは何故なのか、お分かりになりませぬか」

「分からぬ――」
 男は苛立ちまぎれに顔を振る。「分からぬ」

 再び娘を捉えた視線には、憎悪に似た何かが忍び込んでいた。

「そなたは、そなたたちは、どうしてそうなのだ。そなたの一族は、我の伴侶(はんりょ)となるべく生まれた。我の伴侶となる以外の道などない。そなたたちを生み出したのは、他ならぬ我なのだ。そのそなたたちが、なぜ我の意思に背くのだ。なぜ愛していると言いながら、我の隣に来ようとせぬッ」

 激情が空気を揺るがし、目に見えぬ力が娘の頬を打つ。

 しかし娘は声ひとつ立てぬ。ひととき崩れた体勢をゆるりと直し、凛と男を見上げる。まばたく目は清かに澄んで、何物にも犯されぬように見える。

 ただその頬だけに痛ましい赤みがさして、それを見た途端男の顔は泣きそうに崩れた。

「ああ」

 膝をつき、両手を伸ばす。娘の抱く竪琴を越え、娘の顔を包む。平素は力に溢れたその指先が、弱々しく震える。
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