意地悪な副社長との素直な恋の始め方
これまでカレシがいたことはあるし、もちろんキスをしたこともある。
ついでに言えば、セックスも経験済み。
ただし、いわゆる「カレシカノジョごっこ」の一環として、だ。
恋とか愛とかは、関係ない。
転校を繰り返す中で学んだのは、「同じ」であるフリをすれば、たいていの面倒事を避けられるという真理。
属する集団の雰囲気やノリについていくために、擬態は欠かせない。
メイクやおしゃれに少なくないお金と時間を費やして、取り敢えずカレシを作るのは、「平穏」な学校生活を送るのに必須の処世術だった。
恋人を作っては心変わりして別れ、別れてはまた新しい恋に落ちる母親を間近に見ていたから、「ステキな恋」をしたいなんていう乙女モードは、わたしの機能に含まれていない。
目が合うだけでドキドキしたり、胸が締め付けられたり、カレのことばかり考えてしまう……なんて状況に陥ったことはなかった。
告白されて、キライな相手じゃなければ付き合う。
それくらいの軽い気持ちで、カレカノごっこを重ねてきた。
なのに、どうしたことか、まるで「いかにも」な反応をしてしまう自分にうろたえる。
「あれ? 照れてるの? カワイイね」
パニックに陥りかけたわたしは、こちらを覗き込む朔哉の瞳を間近に捉え、凍り付いた。
言葉とは真逆、軽蔑と置き換えてもいいようなまなざしに射貫かれる。
なぜ、と思ったわたしの耳に、冷ややかな囁きが落ちた。
『イミテーション。化粧で隠さなきゃ、とても人前には出られないってことか』
(な、なん……っ)
一瞬唖然としたが、込み上げる怒りのままやり返した。
「アンタに関係ないでしょ! このエセイケメンがっ!」
その場が、しんと静まり返る。
(し、しまった……つい……)
さっそくやらかしてしまった。
どうせ家族として過ごすのは、そう長いことではない。
平日の昼間は学校、夜はファミレスでバイト。休みは友人と遊ぶか、早朝からの撮影スポット巡りで忙しいから、家にいる時間はほとんどない。
超性格の悪い、顔だけイケメンの義兄と接することは、そんなにはないはずだ。
しかし。
このままでは、背後で般若のような顔になっているにちがいない母に、何をされるかわからない。
とりあえず、この場を丸く収めるべく、無理やりすぎる言い訳をひねり出した。