意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「さてと、お兄ちゃんの髪も乾いたし、わたし、シャワーしてくるね? 偲月ちゃん、寝落ちしないで待っててよ?」
芽依がゲストルームに消え、たっぷり五分沈黙を維持してから、ようやく口を開いた。
「……で、どういう話になっているの?」
「偲月がルームメイトとまちがわれて、暴漢に襲われた。偶然居合わせた俺が庇って、怪我をした。利き手の怪我で、些細な動作も不自由だったから、公私共にサポートしてもらっていた。偲月を事件のあったアパートに置いておくのは心配だから、俺と同居している。そういう話だ」
「社長も、それで口裏を合わせているの?」
「ああ。実は……芽依のヤツ、俺の顔を見るなり、どうしてすぐに教えてくれなかったと泣きながら文句を言って…宥めるのに苦労した」
「そう……だよね。家族が襲われて、怪我をしたなんて聞いたら、驚くよね」
家族が襲われて怪我をしたと聞いて、取るものも取り敢えず駆けつけるのは、当然だ。
「いまの芽依は、とてもいろんなことを受け入れられる状態じゃない。オヤジとも話して、偲月との婚約はしばらく様子を見てから伝えようということになった」
「そう、だね……その方がいいと思う」
わたしと朔哉は実際婚約なんてしていないし、いまのところ、公表しなくてはならない事態には陥っていない。
「ところで、仕事はどうするの? 芽依、引き継ぎ途中で帰国したんじゃ……?」
「ああ。そっちは問題ない。ただ、帰国後はホテル部門の経営サイドに配属する予定だったが、しばらくは俺か、オヤジの目が行き届く場所――秘書課に置くことにした。だから、」
珍しく言い淀んだ朔哉を見て、空になった缶をシンクへ置き、冷蔵庫から二本目を取り出す。
一気に半分ほど飲んでから、その先を引き取った。
「わたしの代わりに、芽依が朔哉のサポートをする?」
「……ああ」
芽依は語学も堪能だし、ホテル勤務で接遇マナーも完璧に叩きこまれている。
誰が見ても、わたしより、芽依の方が朔哉のサポートをするのに相応しい。
「芽依なら、わたしとちがって秘書業務もこなせるね? それに、朔哉の傍にいられる方が安心するだろうし、ここに住めばいい。わたしは、明日にでもアパートヘ戻るし」
「ダメだ。偲月は、引き続きここで暮らす。あんなセキュリティーのなっていないアパートへ戻るなんて、認められない」
三本目のビールを開け、頑なに拒否する朔哉へ酔った頭でもわかる常識を口にした。
「もう襲われる心配はないし。芽依がいるなら、わたしがいる必要はないでしょ? 家族でもなく、恋人でもない。何の関係もない赤の他人と一緒に暮らすこと自体、不自然なんだし。朔哉だって、芽依と二人きりの方がい……」
「いい加減にしろ!」