意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「朔哉の本命が帰って来たから、わたしは用済みになった」
『はぁ? それで、尻尾を巻いて逃げ出すってわけ? まったく、アンタは……。とりあえず、荷造りはあとにして、出かける準備をしてなさい! 五分後に迎えに行くわ』
「は? 五分? そんなのむ」
『とりあえず日焼け止めとリップ。穴の開いたTシャツだろーとすり切れたジーンズだろうと、公然わいせつ罪にならない恰好なら問題ないから、財布とスマホだけ持って、マンション前で待ってなさい。いいわねっ!』
「ちょ、シゲオっ!」
一方的に切れた電話を見下ろし、溜息を吐いて言われたとおりに日焼け止めとリップを塗り、バッグに空の財布とスマホを放り込んだ。
どれほど世話になったかを思えば、無視するなんて真似はできない。
穴は開いていないけれど、ヨレヨレのロンTに、古着屋で見つけた色あせたジーンズという恰好に着替えてマンションを出たところへ、タイミングよく黒のワンボックスカーが到着した。
「乗りなさい」
「ねぇ、シゲオ、どこへ……」
「話は車の中で。さっさと乗る!」
命じられるままに乗り込んだ車の後部座席には、仕事道具と思われるものが積まれているのが見えた。
「仕事?」
「いいえ。これから、日村さんのところにお邪魔するの」
「日村さんって……あの、わたしに会いたいって言ってたフォトグラファー?」
「そうよ。今日から、何人かのフォトグラファー仲間と合同で写真展を開くんですって。作品も見られるし、本人も会場にいるでしょうし、一石二鳥でしょ?」
「や、でも、そういうオープニングって、セレブが行くんじゃ……」
「取材とかはあるかもしれないけど、アンタは関係者じゃないんだから、着飾る必要はないわ。で、飲まずにはいられないような何があったわけ? 昨夜、うちでは二日酔いになるほど飲んでいなかったでしょ?」
「朔哉の……海外に行ってた本命の彼女が帰って来た。それで……たぶん、むこうも朔哉が好き、かもって……」
「は……それはまた急展開ね。で? 朔哉の気持ちは確かめたの?」
「……ううん」
「アンタねぇ……」