意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「いまさら確かめる必要ある? だって、両想いならあっちに行くに決まってる」

「六年前なら、そうだったかもしれない。でも、ひとの気持ちは変わるものよ」

「だったら、いまの気持ちも変わるってことじゃない」

「だとしても、自分では何もせずに答えを出そうとするのは卑怯で、怠慢なだけ」

「でも、どう考えてもあっちの方がお似合いだし。相応しい相手だし」

「お似合いで相応しいから好きになるわけじゃないでしょ? ネガティブになるのはやめなさい。とにかく、日村さんと話してみること。きっと、そこから見つかる答えがあるから」

「……そう、かな」

「考えるのは、あと! しっかし……酷い顔ね。まずは、パックしなさい」

「え、でもたったいま着飾る必要はないって……」

「わたしが、そのブサイク面に耐えられないのよっ!」

「ひ、ひど……」

「真実は、耳に痛いものなのよ」

「…………」


シゲオに言われるままに、彼の仕事道具の中から高級シートマスクを取り出して、顔に貼りつけた後、リフトアップ効果のある美容液、潤いを維持してくれる保湿クリーム、消しゴムのようにシミやくすみを消すコンシーラーなどの魔法のアイテムを次々と駆使。シゲオの細かな指示に従ってフルメイクを終え、後部座席に移動して鮮やかなブルーのワンピースに着替えたところで、写真展の会場に到着した。

見渡す限りフラットな青々とした芝生の中、ぽつんと佇むガラス張りの建物は、箱を積み重ねたようなシンプルで、しかし洒落た外観。
入り口には、『Nova luna』と書かれたサインボードが無造作に置かれ、おしゃれなカフェだと言われても頷いてしまいそうだ。


「ここのオーナーは、新井 月子(あらい つきこ)よ」

「それって、女優の?」


さほど映画好きではないわたしでも、その名前は知っている。

若かりし頃の彼女を主演にした映画は何十本とあるし、年を重ねてその美しさと演技力にはますます磨きがかかり、主演、助演女優賞を何度もかっさらっている大女優だ。


「そうよ。最近、女優として表立った活動はあまりしていないけれど、その代わり若手芸術家の育成や支援に力を入れているみたい。ここも、そういう目的で運営されているイベントスペースなの。カリスマ美容師がカットショーを開いたこともあるわ。ノンジャンルで広く受け入れている。ただし……彼女が気に入らなければ、どんなに有名な売れっ子でも断るらしいけど」

「へぇ……」

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