意地悪な副社長との素直な恋の始め方
受付でチケットを渡し、促されるままゲストブックに名前を書いて、開け放たれた扉を潜れば、遮るもののない空間が広がっていた。
壁に掲げられた大小さまざまな写真に見入ったり、固まって談笑したり。三々五々、この「空間」を楽しんでいる人たちは、ざっと見た感じで五十人弱はいるだろう。
しんと静まり返った美術館で絵画を鑑賞するのとはちがい、かなりラフで自由な雰囲気だ。
シゲオと二人、タイトルに感心したり、説明書きに頷いたりしながら、じっくりパネルや額縁入りの写真を眺める。
四人のフォトグラファーの作品は、対象物が人物や建物、景色と様々。
すべてモノクロの作品で、撮影に使用したカメラはデジタルとフィルムカメラが入り混じっている。
しかし、日村さんの作品だけは、すべてフィルムカメラによるもので、そのカメラはわたしが「コウちゃん」から譲り受けたのと同じものだった。
だからと言うわけではないが、主に人物を撮影した作品に惹きつけられた。
素人をモデルに撮ったものも、プロのモデルを撮ったものも、被写体の奥まで覗き込み、暴き立てる鋭さがある。
わたしを写した、あの一枚のように。
(こんな風に撮れたら……)
しばらく忘れていた、強い憧れと衝動に、いますぐカメラを手にしたくなる。
「気に入ったみたいね?」
「うん。なんだか、わたしの師匠だった人に共通するものがあるっていうか……」
ドキドキする胸を押さえ、この会場のどこかにいるはずの日村さんとぜひ会ってみたいと思っていたら、背後から呼びかけられた。
「明槻さん?」
振り返れば、ひっつめ髪にマスク姿の女性と、無精ひげを生やしたTシャツにカーキのカーゴパンツ姿の男性が並んで立っていた。
男性は、どことなく見覚えがある気もするが、知らない人。
女性は、入社式で会った広報部の社員だった。
「八木山さん?」
「そう! 八木山です。先日は、本当にありがとう!」
「いえ……」
「あら。アンタ、日村さんの奥さんと知り合いなの? 偲月」
シゲオの発言で、流星が言っていたことを思い出す。
「奥さん……旦那さんが、ヒモの写真家……」
「あはは! 確かに、紗月さんのところに転がり込んでいた時はそうだったけどね。いまはちゃんと仕事してるよ」