意地悪な副社長との素直な恋の始め方
わたしの呟きを聞いて、女性の傍らにいた男性が朗らかな笑い声を上げた。
あけっ広げなその笑顔と母の名が、わたしのおぼろげな記憶を呼び覚ます。
「もしかして…………コウちゃんっ!?」
「そうだよ。久しぶりだね? 偲月ちゃん」
すいぶん若々しく見える「コウちゃん」に、戸惑った。
コウちゃん――日村さんが、母の恋人だったのは十年も前の話だ。
あの頃すでに大人だった彼は、いまでは結構なお年のはずなのに、三十代くらいにしか見えない。
そんなわたしの思考を読んだらしい。
コウちゃんは、笑いながらタネあかしをしてくれた。
「小学生だった偲月ちゃんには、俺がずいぶん大人に見えたのかもしれないけど……俺、あの時二十歳だったんだよね」
「えぇぇっ!?」
若かりし頃は、モデル兼売れない女優をしていたというわたしの母は、当時三十代半ば。
高級化粧品会社のカリスマ美容部員で、いまでも見た目は十分若いが、その年齢差は犯罪ではなかろうか。
(お母さん……守備範囲広すぎる……)
「それにしても……ほんと、紗月さんそっくりに育ったねぇ? ジョージくんに偲月ちゃんの写真を見せられた時、すぐにわかったよ」
「そ、そうですか?」
母親似だと自覚はしているが、そっくりだとまでは思っていなかった。
「うん。目元とか、口元とか。あと、紗月さんもそうだったけど、コロコロ表情が変わるから、いい被写体なんだよね。モデル、向いてると思うよ? 血は争えないね」
「え? いや、それは……撮られるより、撮る方が好きなので」
「カメラ、続けてるんだってね?」
「あ、はい。コ……日村さんに貰ったカメラがすごくいいものだったから、楽しくて」
「日村さんだなんて、他人行儀はやめてよ。コウちゃんでいいって。あのカメラさ、デジカメに比べると面倒だけど、偲月ちゃんならきっと気に入ると思ったんだ」
「貰った時は、高価なものだなんて知らなくて……。本当にありがとうございます」
「紗月さんと偲月ちゃんには、たくさんお世話になったからね。あれくらいじゃ、全然足りないよ。でも、あのカメラが偲月ちゃんの撮影技術の基盤を作ったみたいで、師匠としては嬉しい限りだ」