意地悪な副社長との素直な恋の始め方
大人になったわたしに、コウちゃんはカメラの持つもう一つの「魔法」を明かしてくれた。
気づいていながらも、見えていなかったものが現れるということは、レンズを通して被写体を暴くと同時に、自分も暴かれるということ。
撮られる側だけでなく、撮る側もむき出しにされる。
だとすれば、朔哉を撮ったなら――わたしにコウちゃんのような腕とセンスがあればだけれど――、わたしの想いと朔哉の想いが入り混じって現れるならば、きっとそれは見るに耐えないドロドロしたものになる。
わたしが抱くのは、いつだって不純で、醜くて、歪んだ気持ちだ。
朔哉と芽依が結ばれる未来を、心から祝えないのだから。
「そうかしらねぇ……って、そもそもアンタがカメラやってること、朔哉は知ってるの?」
「気づいては……いるかもしれないけれど、はっきり訊かれたことはないし、わたしも話したことはない」
同居していた頃は、基本的に昼間に芽依抜きで行動を共にすることなどなかったし、デートらしきものをしたのも、トラウマとなったあの誕生日の一度きり。
それ以前もそれ以後も、お互い一緒にいない間、どこで誰と何をしているのかなんて、把握していなかった。
それは、わたしが大学生の時も、社会人となってからも相変わらずで、いまに至る。
「まずはそこから? もー、ほんとアンタは……一度怖気づくと限りなく後退するわね」
「だって、セフレで趣味とか話すのおかしくない?」
「一緒に住んでいた時だって、話すチャンスはあったでしょ?」
「あの頃は、ギャルだったし。ギャルはカメラに夢中になったりしないでしょ」
「そんなの誰が決めたのよ? ほんとにもう……面倒くさい女ねぇ」
「面倒くさいって……ひど」
「ひと言、アンタが素直に好きだって言えば、それで終わる話よ?」
「それが言えたら、苦労しない」
身代わりは、身代わりらしく。
セフレは、セフレらしく。
それ以上を求めたら、「芽依」の代わりでいられない。
だから、本当の望みも、気持ちも、全部なかったことにして、架空の「わたし」を演じ続けてきた。
そうして、長い間、演じ続けているうちに、素直になる術を忘れてしまった。
「そうねぇ……見かけによらず気弱なアンタには、本命が横から朔哉をかっさらって行こうとしているいまの状況で、告白するなんて無理でしょうね。下手したら、意地を張って、思ってもいないことを口にして、何もかもぶち壊しかねない」
「うっ……」
図星だ。
朔哉が甘々モードなら、喧嘩腰で遣り合うことはないけれど、意地悪モードなら、ほとんど条件反射のように言い返してしまう自信がある。
「とりあえず、逃げるのはやめなさい。同棲は続行! 出ていけとは、言われてないんでしょ?」
「そう、だけど……」
芽依と何かあったのかもしれない、あるのかもしれないと思いながら一緒に暮らすなんて、真冬に滝行するくらいの過酷な修行だ。いまだって、精神力がゴリゴリ削られている。
夕城家で同居していた当時、耐えていた自分が信じられない。
若くて、いまより体力気力があったからだろうか。
それとも……、
あの頃よりもいまの方が、朔哉への想いが深く、重くなったから、耐えられないと思うのだろうか。
(とにかく……)