意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「む」
「無理、じゃなーいっ!」
無理――そう言おうとした額に、渾身のデコピンが入る。
「いっ……何すんのよぉっ!? シゲオっ!」
「愛の鞭よ」
「どこに愛があんのよっ!?」
やり返し、やり返され、双方おでこを赤くして、運ばれて来た白身魚のカルパッチョで停戦を結び、箸を伸ばす。
「ここのお店、美味しいね?」
次々とテーブルに並べられたメニューは、枝豆、湯葉豆腐、ひじきの煮物、パクチーのサラダ、鹿肉ジャーキー等々。ドリンクメニューも、糖質オフのものや果実酒が豊富だ。
「美味しくてヘルシーなメニューで女子に人気なのよ」
「へぇ……よく知ってるね?」
「アンタこそ、友だちと女子会したりしないわけ?」
「んー、しない。大学の時も、おしゃれな店じゃなく居酒屋ばっかりだったし」
大学のサークルは、メンバーの八割が男子だったため、飲み会は雰囲気より量と安さが優先され、いつも大衆居酒屋だった。
社会人になってからは、朔哉からの突然の呼び出しや週末の早朝撮影に備えて、プライベートで飲みに行くことはほぼ無し。
お昼も社屋を出るのが面倒で、サヤちゃんに誘われでもしない限り、カレーメニューが充実している社食一択だ。女子が好きそうなお店には、とことん縁がない。
「アンタって、昔っから、チャラチャラ遊んでそうに見えて意外と真面目な生活してたわよね。バイトも、無断欠勤は絶対にしなくって、ファミレスの店長に就職しないかって口説かれてたものね」
「すみませんね、見かけ倒しで(怒)」
「まぁ、見た目通りだったら、朔哉も呑気に野放しにしてはいられなかったでしょうけど……。それでも、こうしてアンタに振り回されっぱなしなんだから、同情するわ」
「は? 振り回されてるのはわたし! 同情するなら、わたしでしょ!」
「チッ! これだから、天然小悪魔系は……。話を聞く限り、アンタがいまも朔哉と切れずにいるのは、ぜーんぶ彼がそうならないよう動いていたからじゃない。アンタは何もしていないんだから、同情の余地なし!」
「何もしてないって、そんな、こと、な、い……」
「ああん? どの口が言うのよ、どの口がっ! って言うか、話の途中で鹿肉ジャーキー齧ってんじゃないわよ!」
「だって、おいひ……」
「……はぁ。もういいわ。食べましょ」