意地悪な副社長との素直な恋の始め方
**
初っ端から、一触即発の事態に陥りかけたものの、夕城家での暮らしは表面上、快適かつ平和だった。
芽依とは、同い年ということもあって、あっという間に打ち解けた。
お嬢さま学校として有名な女子大付属の高校に通う彼女と、ちゃんと授業に出席さえしていれば高卒の肩書きをくれる学校に通うわたし。
同じ女子高生でも、その生態があまりにもちがいすぎて、話が噛み合わないこともしょっちゅうだったけれど、不思議と馬が合った。
継父も、紳士で優しく気前が良いし、母との仲も良好。
新しい家族との生活は、思ったよりも楽しくて、居心地がいいものだった。
そう、意地悪な兄さえいなければ……。
**
焼きたてのクロワッサンに、ポーチドエッグ。
ぶ厚いベーコンに、名前がわからないおしゃれな葉っぱのサラダ。
ギリシャヨーグルトに添えられているのは、自家製のブルーベリーソースだ。
コーヒーは、もちろんインスタントではなく、カフェで使っているようなエスプレッソマシーン! で淹れたカプチーノ。
今朝も贅沢で美味しすぎる朝食を堪能し、ふと時計を見上げて驚いた。
(もうこんな時間っ!?)
慌てて洗面所に飛び込み、歯を磨く。
あとでやろうと思っていたヘアアイロンもコテもなし。とりあえずセミロングの髪をポニーテールにして、廊下に放り出してあった鞄を担いでバタバタと玄関へ走る。
(ちゃんと間に合うように計算して起きてるのに、なんでっ!?)
夕城家に引っ越して来て一か月。
これまでより三十分も早く家を出なくてはならない生活に、未だ慣れない。
お嬢様学校まで運転手付きの車で通っている芽依が、「ついでに乗せていってあげようか?」と言ってくれたけれど、さらに十五分早く家を出るのは無理だった。
だからといって、毎朝寝坊しているわけではない。
つい時間配分を誤ってしまうのは、家政婦さん(実在するなんて驚きだ)が作ってくれる朝食が美味しすぎるのが、最大の要因だと思う。
ローファーに足を突っ込み、最後に鏡に映ったメイク後の顔を確認し、リップを塗りたくって、ふと歪んだアイラインに気づく。
(ああっ! もうっ!)
鞄を探り、ポーチからアイライナーを引っ張り出したところで、嘲るような声が聞こえた。
「いくら小細工しても、元が変わらなければ大した効果はないだろう? そんなにパンダみたいな目になりたいのか? それに、スカートが短すぎる。美脚以外を見せびらかすのは犯罪だ」
あくびを噛み殺しながら意地の悪いことを言う朔哉は、寝癖がついていてもイケメンだ。
しかも、うっかり見惚れてしまうほどの。
(神様って、不公平。超絶性格悪くても顔がイイなんて、なんかまちがってる。何を言われても、許してしまいそうに…………いやいや、ならない! ならないからっ!)
「おい? 偲月。起きてるのか? ああ、まだ寝てるのか。どうりで、ぼんやりして見え……」
「起きてるわよっ! これは、抜け感メイクなのっ! スカートだって、短くなんかないっ! パンツ見えてないし! 見えても大丈夫な見せパンだし!」
「……そういう問題じゃない。それに、顔や足より、もっと気にすべきところがあるだろ」