意地悪な副社長との素直な恋の始め方
とっくに、朔哉のものだと言いたかった。
わたしの身体は朔哉以外の熱では溶けないし、わたしの心は朔哉の囁き一つで、容易く揺さぶられる。逃げ出そうと思っても、逃げ出したつもりでも、本当は一歩たりとも彼の傍から離れられずにいる。
でも、それを上手く説明できる気がしない。
だから、言葉の代わりにキスをした。
大人の女性らしく、情熱的なキスをしたかったけれど、自分からディープなキスをするのは恥ずかしくて、子どもだましのようなキスしかできない。
それでも効果はあったらしく、三回目で険しかった朔哉の表情が緩み、苦笑いが浮かぶ。
「物覚えが悪いな。キスの仕方から、教える必要があるのか?」
ムッとしたわたしに、朔哉は十分すぎるほどのお手本を示した。
深く、熱く、長いキスは、一度は覚めた意識をあっという間に混濁させる。
手足を絡め、深く繋がりあったまま、何度も欲望の波にもみくちゃにされた。
大きな手で撫でられただけで、熱い吐息を耳に感じただけで、快感がとめどもなく押し寄せ、放り出されないよう、目の前にあるものに縋りつく。
二つの別々の身体を、重なる肌を、わたしたちを遮るものは、何もなかった。
これまで、ベッドの上で数えきれないほどの夜を重ねてきたけれど、常にわたしたちの間を遮る「何か」があった。
本当は、手を伸ばせば届く場所に――すぐ傍にいたのに。
モノクロの世界だからこそ、はっきりと浮かび上がるものがある――それを知っていたはずなのに。
間近に覗き込んだ朔哉の目に映るのは、「芽依」ではなくて、「わたし」だった。
いまだけでなく、いつも。
「偲月」
今更ながらに気がついた。
朔哉は、一度も――あの始まりの夜でさえ、わたしを「芽依」と呼びまちがえたことがない。