意地悪な副社長との素直な恋の始め方
朔哉とこうして出かけるのは、あのトラウマとなった誕生日以来だ。
不安がないわけじゃないが、嬉しさが勝る。
(これって……もしかして、初デート?)
にやけてしまいそうになる頬を必死に引き締め、カメラ、フィルムといった撮影道具一式と日焼け止めなどをリュックサックに放り込む。
髪が撮影の邪魔にならないようポニーテールにすれば、準備完了だ。
「朔哉、準備できたー」
「ランチは、ここでどうだ? 海が見えるらしい」
周辺情報を検索していたらしい朔哉が、タブレットに映し出されたクリーム色の壁にテラコッタ風の屋根を持つ小ぢんまりした建物を見せる。
「わ、すてき……」
「運よく、キャンセルが出て空きがあったから、予約した。それと……」
突然、うなじに微かな痛みを感じたかと思うと、せっかく髪を束ねていたゴムを引き抜かれた。
「ちょ、いま、キスマーク付けたっ!?」
「ポニーテールは禁止だと言っただろう?」
「はぁっ!? いつっ!?」
「さっさと行くぞ」
「ちょ、か、髪……もうっ!」
キスマークをさらす勇気はなかったので、しかたなくハーフアップにしてまとめる。
朔哉は、そんなわたしを見て満足そうだ。
(何なのよ、もう……)
マンションの地下駐車場に停めてあったのは、セダンではなく、いわゆるスポーツカーだった。
目的地まで無事に運んでくれさえすればいいと考える人が買うものではないと思われる。
しかも、車に乗り込み、ナビをセットする朔哉は見るからに上機嫌だ。
(もしかして、車好き……?)
「音楽が聞きたいなら、好きにかけてかまわない」
「朔哉はいつも何を聞くの?」
「運転中はエンジン音に集中したいから、聞かない」
その返事で「車好き」は確定だ。
「朔哉が聞かなくてもいいなら、わたしもいらない。ね、ドライブ……というか、車、好きなの?」
「ああ。唯一の趣味、と言ってもいいかもしれない。通勤で使っているセダンは、乗りやすさと小回りが利くのを優先した国産車だが、こっちは完全にプライベート用で作った」
「は? 作った?」
「内外装は、テーラーメイドだ」
「えっ!? 車でも、そんなことできるの?」
周囲に車好きがいないので、まったくわからないけれど、庶民には別世界の話だ。
「ああ。カラーリング、ファブリックの素材、パーツのデザインなど好みのものを選べる」
「へぇ? よくわからないけど、シートのデザインとかもちょっとおしゃれかも」
「……おしゃれ? デザイナーとオーナーのこだわりが凝縮された一台なんだが。……まあ、車好きじゃなければ、その程度の感想だろうな」