意地悪な副社長との素直な恋の始め方
夕暮れまで間もないこともあり、散策する人の姿はほどよくまばら。撮影するのは楽だった。
チューリップの中を縫うように巡る散策路を歩き回り、じっと人が通り過ぎるのを待ち、地面に膝をつき、何度も角度を変えてシャッターを切る。
モノクロ、カラーとフィルムを変え、スマホのカメラでも、と二時間近く撮影に没頭してしまったが、閉園を知らせるアナウンスで我に返り、慌てて夕焼けに染まる空と海を見下ろせる展望台へ走った。
オレンジ色の空をスマホで写し、端から薄墨色に染まっていく空をフィルムカメラで写し、渋々構えたカメラを下ろしかけたが、わたしのあとをついて来ていた朔哉が苦笑しているのを見て、すかさず一枚。
「偲月。許可なく撮るなと言っただろう!」
朔哉は、撮られたと知った途端、笑みを消して怒ったけれど、フィルムカメラで撮ったものは消せない。
「だって、訊いたらダメだっていうでしょ」
「そもそも、毎日見てる顔を、わざわざ撮る必要なんかないだろう?」
「毎日見てるものでも、レンズを通すとちがって見えるの。気づいていないものが現れるって、師匠が言ってたし」
「気づいていないもの?」
「カメラは、『被写体』だけじゃなく、撮る側も写すってこと」
「それなら、なおさら必要ない」
「必要ないっ、てっ……」
朔哉はわたしの顔を両手で包み込むと、微笑ましいでは済まされない――たぶん他人が見たら目を覆いたくなるほどの――濃厚なキスをした。
これ以上続けられたら、その場にへたり込んでしまうと思い始めたところで、解放される。
「写真にしなくても、見えている」
「……な、にが?」
「初めて会った時から、偲月の気持ちは見えていた。俺に、ひと目惚れしたんだろ?」
「…………」
あの時は、朔哉に近づかれただけで、どうしてうろたえてしまったのかわからなかった。
けれど、いまならわかる。
でも、それを認めるのは何だか悔しい。
「あ、れはっ……びっくりしただけだし!」
「近づいただけで顔を真っ赤にしていたくせに?」
「だからっ!」
「まさか、捕まえるのに六年もかかるとは予想外だったが」
「え……?」
「六月の株主総会後に婚約発表。一か月後に結婚。三か月もあれば、準備は十分間に合うだろ」
「え? え? ちょ、ちょっと待って……」
「待たない」
「いや、でも、本当に結婚するの? そんなの、急には決められな……」
「偲月が決められないなら、俺が決めるだけだ。そもそも、偲月の意見は訊いていない。返事は『はい』しか受け付けないからな」
「それ、命令っ!? そんなの、」
「ぐちゃぐちゃ言ってないで、素直になれ」
「朔哉だってっ」