意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「は?」
「襟」
すっと近づいた朔哉が両手を伸ばし、後ろ襟に触れた。
思いがけず腕の中に囲われる形になり、ドキっとしてしまう。
「こ、これは、わざとやって……」
「折って、内側に入れるのが? へぇ?」
「…………」
「リボンも、曲がってる」
「そ、そういうデザイン……」
「ふうん?」
襟を離れた手が、胸元に垂れ下がっていたリボンに触れる。
自分でできると言いたいのに、暴れ回る心臓が喉を塞いで声が出ない。
「それから……」
赤くなっているかもしれない顔を見られたくなくて俯いたら、いきなりぐいっと髪を引っ張られた。
「ちょっ……」
月のモチーフがついたヘアゴムを奪われて、せっかくまとめた髪が肩に落ちる。
「何するのよっ!?」
ロクデモナイことをしてくれた朔哉は、真面目くさった顔で勝手な言い分を主張する。
「ポニーテールは、清純派限定の髪型だ」
「はぁっ!?」
「遅刻するぞ。いくら校則のゆるい学校でも、単位が足りなければ留年だろうな」
「え? あっ!」
次のバスを逃せば、遅刻確定だ。
ヘアゴムを取り返したいし、言いたいことも山ほどある。
しかし、担任には「今度遅刻したら、バケツを持たせて廊下に立たせる」、なんて古くさいおしおきを予告され。一限目の教科担任たちからは「いくらテストの点数がよくても、授業にでなければ容赦なく留年させるぞ!」と脅されている。
「いってきますっ(怒)」
朔哉をひと睨みしてから、玄関を飛び出した。
(何が清純派限定よ! 性悪イケメンめ! ぜったい、いつか跪かせてやる……)
バス停への道を全力で走りながら、心の中で悪態を吐く。
朔哉は、優しい兄として芽依を甘やかすくせに、わたしには遠慮のない毒舌でアレコレ文句をつけてくる。
スカートが短すぎるだの、化粧が濃いだの、遊んでばかりいないで勉強しろだの、門限は十時だの、付き合っている友人のレベルが低すぎるだの、セックスだけが目的の男は「カレシ」とは呼ばないだの……。
(ほんっと、余計なお世話。ひとのこと言えないくせに!)