意地悪な副社長との素直な恋の始め方
電話の向こうで芽依の声がした途端、ぎゅっと胸が痛み、そんな自分に動揺する。
「朔哉、もう切るね? 気をつけて帰って来てっ」
『おいっ! し……』
動揺のあまり、思わず一方的に通話を終了させてしまった。
(なにやってるのよ、わたしってば……)
天候が崩れたのは偶然。
芽依が傍にいるのは、仕事で同行しているから。
何かあるはずがない。
何もないのが当然だ。
朔哉を信じられなければ、相手が芽依でなくても、すべてが疑わしく思えてしまう。
(こんなこと、これからいくらでもある。いちいち気にしてたら身がもたないのに……)
すっかり料理する気も失せてしまったが、カゴの中身を戻すのも面倒だ。
そのまま会計を終え、がらんとしたマンションへ戻る。
夕食は、市販のパスタソースを使った手抜きで済ませ、先週の日曜日、朔哉の車でアパートから運んできた二箱の段ボール箱を開けた。
中身は、撮りためた写真のネガやプリント。
明日の土曜日は、コウちゃんと八木山さんのお宅を訪問して、これまで撮った写真を見せる約束をしていた。
とはいえ、さすがに全部を持って行くには多すぎる。
年代別、被写体別に仕分け、その中でも自信のあるもの、気に入っているものを選ぶことにした。
(うわ、懐かしい……ああ、ここ、もう一度行きたいな……動物の写真って、やっぱり癒される……)
缶ビール片手に、懐かしい写真を一枚一枚眺め、その時の状況を思い出す作業は、気を紛らわすのに最適だ。
選んだ写真を撮影日順にまとめてキャリーケースに収め終わる頃には、もう真夜中になっていた。
(大体、こんなところか……これ、どうしようかな……)
先日撮った朔哉の写真。
チューリップの咲く公園で撮った一枚は、こちらを見つめる朔哉の目に、緩やかに弧を描いた口元に、内側から溢れ出る喜びと愛情が、くっきり写し出されていた。
いまの自分に撮れる最高の一枚だ。
だから、ぜひコウちゃんに見てもらいたいと思う。
しかし、コウちゃんはともかく、八木山さんに朔哉のプライベートな写真を見せてもいいものか。判断に迷うところだ。
(とりあえず、持って行くだけ持って行って……コウちゃんにだけ、見てもらえるチャンスがあったら、見せよう)
そう決めて、朔哉の写真はキャリーケースの内ポケットに入れ、しっかりロックする。
芽依と朔哉のことが気になって、今夜は眠れないかもしれないと思っていたけれど、ビールのおかげでいい感じに酔いも回り、ベッドへ潜り込んだが最後。翌朝アラームに起こされるまで、ぐっすり眠ることができた。