意地悪な副社長との素直な恋の始め方

「あれは、プロポーズと言うよりは命令……」


チューリップの咲く公園での一幕は、なかなかに恥ずかしい思い出となりそうだが、ロマンチックなプロポーズの場面だったかと問われれば、「否」だ。

でも、ロマンチックでなくてはイヤだなんて思っていないし、アレはアレで、素直になれないわたしたちらしい……と思わなくもない。


「アンタの場合、命令されるくらいでちょうどいいのよ。ビビリで優柔不断なんだから。疑問形で訊かれたら、余計なこと考えちゃうでしょ?」

「そうだけど……」


このまま何の抵抗もしなければ、すべて朔哉の思うように事は進んで、七月には人妻とやらになっているのは確実だ。
その気になれば、朔哉は有無を言わせず計画を実行すると、何度も経験済みだった。


「あれだけイケメンだと、追いかけられこそすれ、自分から追いかけるなんてことなかったでしょうから、照れくさくてキザな台詞とか言えないのよ、きっと。カワイイじゃないの」

(カワイイ……? 朔哉をカワイイと言えるのは、シゲオくらいのものだわ。アレこそ、獰猛な肉食獣……)

「アンタの結婚式、メイクはわたしにさせなさいよ? 偲月。世界一、美しい花嫁にしてあげるから!」

「そうなったらね……」


イマイチ実感は湧かないけれど、もし朔哉と本当に結婚するならば、あの夜、あの瞬間に垣間見えたものが、酔った目が見せた錯覚なのか。そうではないのか。

芽依の本音を知らずにはいられない、と思った。

朔哉と結婚するということは、芽依とも本当の家族になるということだ。
昔のように、適度な距離を保ち、不都合なことからは目を逸らし、やり過ごすわけにはいかなくなる。


(でも、どうやって切り出す……?)


芽依と二人で会うのは、そんなに難しいことではない。ランチやお茶に誘う口実なんて、いくらでも考えつける。

しかし、気軽に訊ねられるような話ではなかった。

もし、芽依が朔哉を「兄」としか思っていなければ、仲の良い兄妹を引き裂くことになるかもしれない。

想いを押し殺し、「兄」でいようとしていた朔哉の気持ちを踏みにじり、傷つけてしまう。
そして、芽依からは愛する家族――「兄」という存在を奪うことになりかねない。

もし、芽依が朔哉を好きなら、わたしは邪魔者でしかなくなる。

異母妹への想いに苦しむ朔哉を癒したくて、彼女の代替品になった――なんて、都合のいい言い訳だ。

身体を繋げていれば、そのうち心も繋がることができるのではないか。そんな思いを抱いたまま、ズルズルとセフレを続けてきたのだから。

もしかしたら、わたしの浅はかな行動が、本来ならとっくに結ばれていたはずの芽依と朔哉の未来を狂わせてしまったかもしれないのだから。


(わたしって……もしかしなくても、本当に「悪女」だわ)

< 149 / 557 >

この作品をシェア

pagetop