意地悪な副社長との素直な恋の始め方
朔哉の方こそ、わたしよりよっぽど「不純」な生活を送っている。
大学四年生で授業はほとんどなく、就職先も継父の会社と決まっている朔哉は、バーでアルバイトをしているとかで、帰って来るのは毎日ほぼ深夜。
帰宅時には、香水やたばこ、お酒の匂いをプンプンさせていた。
芽依には、「社会勉強のためだ」「女性に誘われても応じたりしていない」なんて言っているが、真っ赤な嘘。ファミレスのバイト帰りに繁華街で時折見かける彼は、いつも女連れだった。
毎回連れている相手がちがうものの、どれもスタイル抜群の美女で、明らかに年上。朔哉の素性を知らない人間が見れば、どこからどう見ても「ヒモ」か「ツバメ」。
そんな様子を目撃しているから、お説教されるたび、「わたし以上に乱れた生活をしているくせに!」と言い返したくなる。
けれど、彼を「イケメンのステキなお兄ちゃん」だと思っている芽依に暴露しようものならば、無事では済まないと挑戦しなくてもわかる。
だから、ムカつきながらも口を噤んでいた。
(なんで嫌ってる相手にかまうんだろ? わけわかんない)
口うるさいのも、意地悪なのも、「実はわたしのことを好きだから」なんて、微塵も思わない。
わたしに向けられる朔哉のまなざしは、芽依に向ける愛情たっぷり、甘さたっぷりのまなざしとは正反対。苛立ちや嫌悪といった負の感情が満載だ。
きっと、わたしの存在そのものが、純真無垢な芽依を汚すとでも思っているのだろう。
そりゃあ夜遊びもするし、告白されれば軽い気持ちで付き合う。大体、三か月くらいで別れるけれど。
でも、毎日帰宅が遅い主な理由は、カレシとイチャついているからではない。ファミレスでバイトをしているから。
母の恋愛に振り回される人生とオサラバするために、高校を卒業したら、何としてもひとり暮らしをしたくて、資金をせっせと貯めているのだ。
本当は、予定通り全寮制の女子高に進学できていれば、とっくにその願いは叶っていた。
それが、新しい恋人とイチャつくのに忙しかった母が入学金を納入し忘れ、現在の高校に二次募集で滑り込むハメになったのだ。
寮生活への未練はちょっぴりあるけれど、校則の厳しい全寮制の女子校より、校則が緩くてアルバイトもできるいまの学校の方が、わたしには合っている。
そこそこ気の合う仲間もできたし、結果的にはこれで良かったのだと思う。
ただし、意地の悪い兄ができたことだけは、「嬉しい誤算」とは言えないけれど……。
それも、ほんの一時のこと。母親が離婚すると言い出すのは確実だ。
そう遠くない未来、夕城家の面々と再び赤の他人同士になるのはまちがいない。
だから、わざわざ誤解を解くために、時間と労力を費やすだけ無駄。
勉強よりも、遊ぶことに一生懸命で。
中身を磨くより、外見を磨くことを大事にし。
軽い付き合いのカレシや男友だちが大勢いて。
バカで、お手軽で、先のことなど何も考えていない。
派手な外見からイメージされる通りのわたしでいれば、何の問題もない。
「家族ごっこ」が終わりを迎える日まで、適切な距離を保っておけば、平穏無事な日々を送れる。
――そう思っていた。
思いがけず、朔哉の秘密を知るまでは。