意地悪な副社長との素直な恋の始め方
わたしたちが見つめる中、その表情はどんどん険しくなっていく。
「モデルの容姿も細かく指定されていたなら、余計にスペアも用意しやすかったはずでしょうに……。この契約が取れなかったら、まちがいなくクビですよ。俺も知り合いに片っ端から当たってみますけど」
苛立ちからか、つっけんどんな対応をする流星を横目に、八木山さんが、小声で推測される状況を教えてくれた。
『今日、課長主導で極秘の撮影を組んでたんだけど、どうやらトラブったみたいね』
『極秘?』
『海外で人気のファッションデザイナーと契約を結ぶことになったとかで……』
あらゆる業種に携わっている『YU-KI』ではあるが、アパレル業界への進出は未だ果たしていない。
『デザイナー?』
『ウエディングドレスよ。話題性のある大物。ただし、日本の企業とは未だ契約を結んだことがなくて。セレブなら、個人輸入なりオーダーメイドなりできるんでしょうけれど、庶民の場合は中古のドレスを手に入れるしかなくて……』
「髪色は、できれば黒髪がいいが、金髪でさえなければこだわらない。……セミロング。……身長百六十センチ前後……。細すぎるのはダメ……? 清楚なお嬢様風ではなく、どちらかというと野性的で……表情豊か。目力……」
流星は、電話越しに語られるモデルの条件と思われることを呟いていたが、ふとわたしと目が合うなり、ニヤリと笑った。
「……?」
「いました。課長、ラッキーですね。カメラマンもヘアメイクも、アシスタントも……花婿役までそろってます。……ええ、はい、一時間以内に着けると思います」
何がどうなっているのかわからず首を傾げるわたしたちをよそに、流星は力強く宣言して電話を切った。
「流星、何があったの? 課長は何て?」
八木山さんの疑問は、この場にいる全員の疑問だった。
「撮影を予定していたモデル、カメラマン、ヘアメイク担当を乗せた車が、交通事故に巻き込まれたらしい。全員命に別状はないものの、カメラマンは骨折、ヘアメイク担当者はむちうち、モデルは打撲を負って腕や肩に痣ができてドレスを着られる状態じゃない。つまり……全滅だ」
「それじゃ撮影は中止に?」
「いいや、中止にはできない」
「どうして? だって、モデルがいなければ……」
「デザイナー本人が、撮影を見学に来る」