意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「明槻さん! こちらオーナーの高野さん」
遅ればせながら、額の汗をハンカチでしきりに拭う広報課長に引き合わされたのは、五十代くらいのご夫婦とアラサー世代と思われる娘さんだ。
デザイナーが到着する前に準備を終えなくてはならず、客室へ直行したため、挨拶もまだだった。
「ご挨拶が遅くなって申し訳ありませんでした。お世話になります、明槻です」
「こちらこそお世話になります、高野です」
「初めてお伺いしたんですが、客室も、窓から見える風景も、すごくステキですね。プライベートでもぜひ来てみたくなってしまいました」
「ありがとうございます」
「近々、レストランウエディングも始められるんですよね?」
移動中、流星から今回の撮影について、大まかな事情を聞かされていた。
高野さん夫妻が経営するこのオーベルジュが撮影場所に選ばれたのは、デザイナーの要求に一番近く、しかもレストランウエディングに乗り出したばかりだから。
以前より、アットホームな『森のなか』の雰囲気を気に入られたお客さまから、身内だけの小さなウエディングを希望する問い合わせは多かった。
が、三人だけの家族経営。手が回らないと断っていた。
そこへ、プランニングや集客のアドバイスだけでなく、給仕係などのスタッフまで提供する形での業務提携を持ち掛けられ、挑戦することにしたのだという。
「はい。初めての試みでアタフタしてますが、新たな門出を一緒にお祝いさせていただけるのは嬉しいですね。それに、わたしたちにとってもいい勉強、いい刺激になります。『YU-KI』さんとの提携で、これまでお付き合いのなかった人たちとも知り合えて、視野も広がりました」
今回の撮影に合わせ、ホームページの写真もリニューアルする予定で、外観や客室内の撮影は、わたしが準備している間にコウちゃんがすでに終えていた。
「ホームページには自分で撮った写真を載せてたんですけど、やっぱりプロが撮ったものはちがいますね。ウエディングドレスも、本物の花嫁さんが美しいのは当然ですけれど、ドレスそのものの魅力を引き出すのは、やっぱりプロのモデルさんなんでしょうね」
「は、はは……そう、ですね。ありがとうございます」
実は本職のモデルではない、とは言えず、愛想笑いでごまかす。
内心ハラハラしているであろう広報課長と担当社員、事情を知らずにキラキラした目で見つめる高野さん家族に見守られながら、まずはドレスの撮影から始める。
「僕と偲月ちゃんなら、息ぴったりだから、大丈夫!」
そう言ってくれるコウちゃんに笑みを返そうとして、ふとオーベルジュ周辺の森を巡る散策路から現れた三人連れを目にして固まった。
朔哉と芽依、その後ろに続くブラウンの髪に緑の瞳をした若い外国人女性は、おそらくデザイナーだろう。
「こんにちは、高野さん。ご無沙汰しています。その後、どうですか?」
「夕城副社長! こちらこそ、至れり尽くせりで感謝しています。さっそく、来月二件予約が入りまして。準備に奔走しているところですよ」