意地悪な副社長との素直な恋の始め方
腕を掴まれ、ぐいぐいと引っ張られてテラスからオーベルジュの中へ戻る。
そのまま、二階の一室、メイクや着替えのために使っていた客室へ引き摺られるようにして入った。
「…………」
「…………」
ドアを閉めたきり、朔哉は何も言わない。
無言で向き合うことに耐え切れず、自分から謝った。
「あ、の……ごめん、なさい。ちゃんと、モデルできなくて……大事な、契約だってわかってるのにっ……」
役に立つどころか、足を引っ張っている自分が情けなくて、涙が滲む。
「……泣くな。メイクが落ちる。シゲオに怒られるぞ?」
「お、怒ってるのは、朔哉じゃない……」
はぁ、と大きな溜息を吐いた朔哉が、ぼそっと呟いた。
「怒っていない。花婿役を流星に譲らなくてはならないことに、ムカついているだけだ」
「……え?」
「さすがクレアだな。こちらの要求どおりで……しかも、予想以上に似合っている」
「あ、の……」
予想外の言葉に唖然とするわたしを腕の中に囲い込み、朔哉は彼らしくもない控えめなキスを一つ、落とす。
「誰にも見せたくないような……それでいて、見せびらかしたいような……複雑な気分だ」
「え、え……」
戸惑い、混乱し、視線をさ迷わせていると、コツン、と額と額がぶつかった。
「偲月以上に、このドレスを着こなせる者はいない。俺が保証する。それから……撮影の相手は、流星じゃなく俺だと思え。そうすれば、上手くやれる」
流星と朔哉は、背格好以外まったく似ていない。
目でもつぶらなくては、代わりになんてできないだろう。
「む……っ」
わたしの反論をキスで無理やり封じて、朔哉はなおも命令する。
「無理じゃない」
「そんなのむ……」
「無理じゃなく、しろ」
「……んぅ」
慎ましやかだったキスは、甘く淫らなものになり、口紅が朔哉の唇を染めていく。
朔哉によって与えられた快感と熱が、強張っていた身体と顔を緩ませる。
「無理じゃないだろ?」
「うん……」
「日村さんなら、偲月の一番いい表情を撮ってくれる。安心して任せろ。いいな?」
「うん」
「……シゲオを呼んで来る」
十分は経っていないと思うが、長い間撮影を中断させるわけにはいかない。
もう一度キスをして、わたしの頬と身体を火照らせた朔哉が出て行き、間もなくシゲオがやって来た。