意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「朔哉に、アンタの髪をぐしゃぐしゃにしないだけの理性があって何よりだわ。キスも、唇が腫れるほどはしてないみたいだし」
「……ごめん、シゲオ。メイク崩れて」
キスをしたとバレバレなのは恥ずかしいが、鏡の中のわたしは頬を紅潮させ、目を潤ませていて、否定する方が白々しい。
「いまのアンタなら、ノーメイクでもキレイだから大丈夫」
「嘘」
「ええ、嘘に決まってるでしょ。恋をしている女は美しいってことよ」
「…………」
「さ、完成。とっとと撮影始めないと!」
シゲオに追い出されるようにして部屋を出て、庭へ向かう。
「すみませんでした、お待たせして」
「まだ時間はたっぷりあるわ」
「フィルムも、容量もたっぷりあるよ!」
こういうことはよくあるのだと、ドレスを直す八木山さんとコウちゃんにダブルで慰められた。
「改めて、よろしくお願いします」
「うん、いい顔してるし、大丈夫!」
朔哉のキスの効果は絶大だった。
すっかり身も心も解れ、コウちゃんの指示にもスムーズに対応できた。
自分ならどう撮りたいかを考えながら角度やポーズに細心の注意を払うのは、なかなか骨が折れたが、とても貴重な経験をさせてもらっているのだと思った。
被写体が見せる最高の瞬間を捉えるには、撮られる側の気持ちを知ることも必要だ。
三着のドレスをそれぞれ撮影し終え、課長の指示で最初に着たマーメイドラインのドレスに戻り、今度は流星と一緒の撮影に取り掛かる。
向き合って見つめ合い、流星が跪き、軽く腕を組み……と指示されるままに動きながら、わたしとちがって緊張という言葉に縁がなさそうな流星は、軽口を叩く。
「偲月は、見た目とのギャップが大きすぎるよな。鋼の心臓の持ち主に見えて、そうじゃないとか」
「……見た目は関係ない。そう言えば、いつの間に名前呼びに……」
「べつにいいだろ? 減るもんじゃなし。それとも……独占欲の強い副社長に、おしおきでもされるのか?」
「な、そ、そんなこと、ない……」
何となく、いやらしいことを想像してしまい、頬が熱くなる。
そんなわたしを見下ろす流星は、ダメだと言うように首を振った。
「……勘弁しろよ。天然無自覚かよ」
「天然? 無自覚?」