意地悪な副社長との素直な恋の始め方
流星の呟きの意味がわからず首を傾げると、何気にディスられる。
「数々の男を手のひらの上で転がしてそうに見えて、意外と初心だとか。気が強くて、言うこと聞かなさそうに見えて、実は従順だとか。ツンケンしているようで、天然だとか。知れば知るほど面白くて……だからこそ、アイツも飽きないんだろうけどな。でも、犬猫で言うと血統書付きじゃなく、雑種の……」
「ちょっと黙ってて!」
知り合いと言えるほどの仲でもないのに、言いたい放題の流星にムカついた。
こんな雰囲気では、とても甘々熱々のカップルなんて演じられない。
「なあ、アイツ……朔哉といる時も、そんな毛を逆立てた猫みたいな態度なのか?」
「は?」
「ほら、もっと甘えろよ」
「あま、甘えるって……」
(そんなの、どうすればいいかわからない……)
具体的にどう振る舞えばいいのかわからず、戸惑うわたしを見下ろして、流星は呆れたように囁いた。
「特別に、俺をアイツだと思うのを許してやるから、逃げるなよ?」
「え?」
どういう意味なのか理解するより先に、流星の雰囲気が変わった。
じっとわたしを見つめるまなざしに、熱を感じてドキリとする。
くいっと顎を指で押し上げられ、頭一つ分高い位置にある顔を見上げると頬を寄せられた。
じゃれつくように頬と頬を擦られ、耳に軽く息を吹きかけられて、そのくすぐったさに身を竦めると腰に回った腕に抱き上げられる。
「きゃっ」
思わず広い肩に捕まって見下ろした流星の表情は、嬉しくてたまらないと言わんばかりで、その顔にふとあの公園で見た朔哉の笑顔が重なった。
(うん、朔哉だと思える……かも)
流星の観察眼と演技力は俳優並みで、髪をかき上げる仕草、眉を引き上げて偉そうにこちらを見下ろす様、強引にわたしを引き寄せるやり方は、朔哉そのものだ。
嬉しいような、恥ずかしいような甘酸っぱい気持ちで俯きがちに抱き着いたり。キスをねだるようにその首に腕を回したり。
本当はいつだってそうしてみたいと思っていた。
素直になりたいのは、言葉だけに限らない。
気持ちを表すのは言葉だけではないのだから、声音、仕草、行動も素直になりたかった。
大きな身体に包み込まれるようにバックハグされ、まっすぐ正面を向いた先には、カメラを構えるコウちゃん、その後ろに朔哉がいる。
不機嫌そうでいて、微かに口元を緩める朔哉を見て、自然と笑みがこぼれた。
嫉妬と愛情は、同じ場所――「好き」という気持ちから生まれるのだ。
そう実感した。
「オッケー! 完璧だよ、偲月ちゃん! おつかれさまー」
「お、おつかれさまっ!」
コウちゃんの声で我に返り、慌てて流星の腕から逃れた。
「そんなに急いで逃げんなよ。地味に傷つくだろ」
流星はぼやいたが、なぜそんなことを言うのかわからない。
「でも、もうくっついている必要ないし?」
「揺らいだりしなかったのかよ?」
「揺らぐ……?」
「少しくらい、ドキドキしただろ?」
「え?」
「ご苦労。休日返上での協力、感謝する」
一歩、流星がこちらに踏み出したところで、不意に朔哉の声がして、軽く肘を引かれた。