意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「いい、とは?」
「だって、」
あの始まりの夜を最後に、訊ねることのなかった問い。
それを口にしようとして、こちらを見下ろす朔哉と目が合った。
間近に覗き込む黒い瞳は闇よりも濃く、どんな感情も読み取れない。
「偲月。いま俺たちがここにいるのは、俺と偲月が望み、選んだ結果だ。選ばなかった未来を生きることはできないし、そうしたいとも思わない」
朔哉の言葉を信じたかった。
けれど、信じられなかった。
たとえいま「わたし」を好きだとしても、それが永遠に続くとは信じられなかった。
もしも芽依が、朔哉をひとりの男性として好きだと言ったなら。
たとえ血の繋がった妹であっても、彼女と生きる未来を選びたくなるのではないか。
「いま」ではなくとも、「いつか」選べなかった未来を選ぶ日が来るのではないか。
そんな考えが頭に浮かび、消えてくれない。
出会いと別れ、結婚と離婚を繰り返す母を間近に見て来たから、永遠に続く気持ちがあるなんて幻想は、抱けなかった。
ひとの気持ちは、変わる。
愛情は、思いがけず生まれることもあれば、思いがけず消え去ることもある。
どんなにいまの恋人を愛していても、それ以上に愛する人が現れてしまえば、終わる。
自分が一番愛しているのは、誰なのか。
気づいた瞬間に、終わるのだ。
「でも、……」
「反論は聞かない」
朔哉が貪るようなキスをし始めて、三十秒とたたずに思考はドロドロに溶けた。
結局、ベッドへ行くまで待てなかったのは、朔哉ではなく、わたしだった。
肉体的な快楽が、理性を侵食するがままに任せ、声も、息も、思考も、投げ出した。
そうしなければ、どうやっても打ち消せない不安に、呑み込まれてしまいそうだったから――。