意地悪な副社長との素直な恋の始め方
昔、母はモデル兼売れない女優だったのは知っていたが、こんな大女優と共演したなんてとても信じられなかった。
「といっても、あり得ないくらい演技が下手でねぇ。すぐに役を降ろされたから、スクリーンの上で共演することはなかったけれど。あんなに下手な子に会ったのは、後にも先にも紗月さんだけだったから、印象に残ってるわ」
「月子さん、ひどい!」
「だって、本当のことだもの。あなた、さっさと辞めて正解よ」
酷評は、彼女が辛辣だからではない。母自身「女優は向いてないとわかったから辞めた」と言っていたし、事実だろう。
「それっきり、紗月さんと顔を合わせることはなかったから、夕城が再婚した相手が紗月さんだとは知らなくて。不思議な縁よね」
「一年で振られたけどね」
わざとらしくがっかりしてみせる夕城社長に、月子さんは同情する素振りもなく、母の肩を持つ。
「どうせ、浮気でもしたんでしょう?」
「心外だな。僕は、浮気したことはないよ」
「何をもって浮気と呼ぶかは、ひとそれぞれだとは思うけれど」
夕城社長が表情を強張らせ、微妙な空気がその場を包んだが、母のとんでもない告白で打ち破られた。
「でも、夕城さんとは一年も続いたんだから、わたしにとっては十分長い結婚生活だったわ。だって、いまのひととは三か月しかもたなかったし」
「……え?」
つい最近、七度目の結婚をしたばかりの母は、現在別居中。近々、離婚する予定だと言う。
離婚の原因は、朝食の好みがちがうから。
朝はパン派の母。しかし、お相手の男性はごはん派だということが、結婚後に発覚。妙なところにこだわりのある母は、ちぐはぐな食卓の風景が許せないらしい。
それぞれ好きなものを食べればいいのでは? と思わなくもないが、寛大な月子さんは、ワガママとしか思えない母の主張を認めてくれた。
「確かに、一緒に暮らしてみるまでわからないことってあるわよね。その点、元々一緒に暮らしていた偲月さんと朔哉の場合、そういう生活習慣のちがいはわかっているかもしれないけれど……。この子、外面がいい分、気を許している相手にはとことん甘えたがるから、大変でしょう?」
月子さんに、いたずらっけのある笑みを向けられると、同性でもドキドキしてしまう。
「はあ……まぁ……」
「ねえ、偲月さん。今度、二人きりでお茶しましょうよ? いろいろお話したいわ」
「は、」