意地悪な副社長との素直な恋の始め方
一瞬、変質者かと思ってしまったが、落ち着いて見ればその横顔は知っている。
(朔哉? 何してんの、あんな恰好で……)
シャワーを浴びたのだろうか。
襟足の長い黒髪から流れ落ちる水滴が、浮き上がった肩甲骨を滑り、引き締まった腰へと落ちていくのが見えた。
昨日、浜辺で見た同級生たちの背中とたいして変わらないはずなのに、妙に心臓がドキドキする。
立ち去るか、何も知らないふりをして突入するか。
どちらかを選ぶべきだとわかっているのに、動けなかった。
撮りたい、と思った。
レンズを通せば、いつも見通せない朔哉の心の奥底まで、覗けるかもしれない。
そう思ったら、撮りたくて指が、腕が、ムズムズする。
(でも、撮りたいと言っても許可してくれないだろうし……許可したとしても、何を要求されることか……)
好奇心と探求心のために、平穏な生活を犠牲にしたくはない。
渋々、鞄にあるカメラを取り出すのは諦めた。
(それにしても……何、してるんだろう?)
その行動が読めず、首を傾げたところで、朔哉が床に膝をつき、眠る芽依を覗き込んだ。
大きな手が、髪に、頬に、触れそうで触れない距離を漂っていく。
膨らみを帯びた胸の上、投げ出された白い腕に寄せられた唇は、その柔らかさを味わうことなく、けれどその熱を感じられる距離を掠めていく。
ひとは、あまりにも愛おしく、大事なものには触れられないのだと教えるように。
しかし、繊細で美しいその光景は、知らずこぼれたわたしの吐息で破られた。
(あ……)
しまった、と思ったときにはすでに遅く、朔哉が勢いよくこちらを振り向いた。