意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「うわ、すごい量……」


移動した先のダイニングテーブルには、所狭しとカラフルな料理が並んでいた。

夕城社長、芽依、わたしの母、向かい合って、月子さん、朔哉、わたしが座る。


「お祝いだから、つい張り切っちゃった。ワインも注ぐね?」


芽依は、慣れた仕草でワインを注いで回りながら、「今年中に、ソムリエの資格を取る!」と宣言した。


「もうお兄ちゃんに、『味がわからない人間にワインを飲ませたくない』なんて、言わせないんだから」

「あれは、芽依がヴィンテージワインをがぶ飲みしたからだ」

「しかたないでしょ? だって、美味しかったんだもの」


大皿に盛りつけられた料理を取り分けながらの食事は、自然と会話も多くなる。

料理に使われている素材、スパイスの話から、起源、ワインの説明と、自然と会話の中心は芽依になり、あちらの事情をよく知っている朔哉も加わって、話が弾む。

そのうち、二人で会うたびに行っていたという三ツ星レストランや有名なパティスリーのこと。
本場のオペラ、バレエの素晴らしさ。クリスマスシーズンの美しいイルミネーション。視察を兼ねて宿泊したライバルホテルの感想にまで、話が広がる。

芽依のおしゃべりは、もてなす立場としての気遣いだ。
まるで恋人同士のような兄妹仲を見せびらかすためではない。

そう理解していたから、顔が引きつりそうになりながらも何とか笑みを保ち、料理に意識を集中させ、胸の奥で燻るものにワインを絶えず浴びせかけた。

時折意見を求められても、曖昧な笑みと「よくわからないから」という言葉で、会話の主導権が回って来ないように逃げ回る。

そうして、虚ろな笑みを顔に貼り付けながら、しきりに見遣る時計の針は遅々として進まず、グラスを空けるペースだけが速くなっていく。

もう、何のワインを飲んだのかはもちろん、何杯飲んだかもわからなくなっていた。

それでも、飲み続けなければ、思考と感情を麻痺させなければ、この場に座っていることすらできそうにない。

芽依が説明しながら注いでくれた新たなワインを飲もうとしてグラスを倒しかけ、向かいに座る母の咎めるような視線としかめ面に気づく。


(さすがに……もう、ヤバイかも)


お酒に弱い方ではないし、顔にもあまり出ない性質だけれど、限界を超えて飲めば当然酔う。


「ちょっと、お手洗いに行ってくるね」


隣に座る朔哉に小声で言い訳して、席を立った。


「飲み過ぎじゃないのか?」

「大丈夫」


眉根を寄せた朔哉の咎めるような視線から逃げ、リビングを出た。

トイレ、次いでキッチンへと移動する。
まだ、記憶がなくなるほど酔ってはいないが、水分補給が必要だった。

扉を開けた大きな冷蔵庫には、昔と同じように外国産のミネラルウォーターが常備されている。
勝手に拝借するのは褒められた行いではないけれど、酔いつぶれるよりはマシだろう。

これ以上、わたしと芽依では、月とスッポン並みに出来がちがうと証明する必要はない。

< 170 / 557 >

この作品をシェア

pagetop