意地悪な副社長との素直な恋の始め方
わたしは、芽依とちがって写真集以外の本は滅多に読まないし、クラシック音楽も好きじゃない。オペラやバレエを見るより、ロックバンドのコンサートへ行きたい派だ。
哲学的でおしゃれな小難しい映画より、単純明快で気分爽快になれるアクション映画が好き。
ワインは、赤と白があるということくらいしかわからないし、味を表現する語彙の持ち合わせは「美味しい」か「美味しくない」かだけ。
外国語は、英語すらまともに話せないし、海外旅行だって一度もしたことがない。マナーやエレガントな立ち居振る舞いも、自然と身についている芽依とはちがい、意識しても完璧にはできない。
仕事で朔哉の役に立てることなんてほとんどなく、今回のモデルの件にしたって、いわば降って湧いた偶然。最初から、頼まれていたわけではなかった。
真面目に働いてはいるけれど、仕事にやりがいを見出しているわけではなく、かといって夢を叶えようと努力しているわけでもない。
仕事も、趣味のカメラも、中途半端。
それも、状況が許さなかったからそうなった……のではなく、楽な方、ハードルの低い方へ流されただけ。
兄妹であることを抜きにすれば、誰がどう見ても、公私共に朔哉のパートナーに相応しいのは、わたしではなく芽依だ。
(むしろ、朔哉はいったいわたしのどこを気に入っているのか、謎なんだけど)
芽依の気持ちを疑ってしまうのも、朔哉の言葉を素直に信じられないのも、結局自分に自信がないからだと頭ではちゃんと理解している。
それでも、やっぱりコンプレックスは消えない。
(自分に自信があれば……いろんなことが、解決するんだとわかっていても、どうすれば自信を持てるかわからない)
大きな溜息を吐き、重い足取りでキッチンを出ようとしたところで、芽依とバッタリ出くわした。
「偲月ちゃん! 大丈夫? 酔った?」
「う、ううん、大丈夫。ちょっと飲み過ぎただけ。お水飲んで、少し休憩すれば落ち着くと思うから」
「本当に? 気を悪くしたんじゃない?」
「え?」
芽依は、申し訳なさそうな顏をして謝った。
「今日は、偲月ちゃんとお兄ちゃんの婚約祝いなのに、わたしとお兄ちゃんの話ばかりしちゃって、ごめんね?」
「う、ううん。そんなこと、ないよ。ふたりが仲のいい兄妹だってことは、ずっと前から知ってるんだし。気にしてないから」
あの場で、芽依の言動に裏があると感じたのは、わたしだけだろうし、それもコンプレックスから勝手にそう感じただけで……。
「そう? それならよかった。じゃあ……来週のわたしの誕生日、いつものようにお兄ちゃんと二人きりで過ごしても、かまわないよね?」
悪意も作為も感じさせないキレイな笑顔に、息が吸えなくなる。
「も、もちろん……」
やっとのことで出した声は小さく、掠れていた。
「ありがとう! お兄ちゃんの結婚相手が偲月ちゃんでよかった。ほかの人だったらきっと、いくら兄妹でも仲が良すぎるって言われて、嫉妬されて……何かあるんじゃないかって、疑われるもの」
その言葉に、深い意味があるのかどうか、わからなかった。
わたしが単に兄妹の仲が良いことを知っているから、とも取れるし、それ以上の感情をふたりとも抱いているとを知っているから、とも取れる。
「兄妹の仲が悪いよりはいいと思うけど?」
「うん。そうだよね。でも……。偲月ちゃんに言うべきかずっと迷ってたんだけど、これから先も、お兄ちゃんがわたしを優先することは度々あると思うし。やっぱり話しておいたほうがいいよね。あのね……わたしとお兄ちゃん、」
躊躇う素振りを見せる芽依だが、大きな瞳にはどこか楽しんでいるような、それでいて嘲るような色がある。
咄嗟に、「聞きたくない」と思った時には、すでに芽依はわたしの耳元へ唇を寄せていた。
「血が繋っていないの。本当の兄妹じゃないの」