意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「お、おはよ?」
「珍しく早起きだな? 偲月」
「う、うん。でも、朝ごはん、まだ準備してなくって……」
「いや、もう出るからいらない。今日は……」
「芽依の誕生日だよね? いつものように、デートなんでしょ?」
「ああ。今日は、芽依に付き合わなきゃならないが、明日は偲月に付き合える。どこか出かけたいところがあれば……」
一緒にいろんなところへ出かけ、これまで出来なかった恋人同士らしいことをしたい気持ちはあるけれど、ハードワークが続いている朔哉には、ゆっくり休む時間が必要だ。
それに、二人きりでのんびり過ごすのも嫌いじゃない。
「明日は、家でゆっくりしたい。カレーも作りたいし。朔哉はナンとロティ、どっちが好き?」
「ロティ」
「了解。ほかに何か食べたいものがあれば、それも作るけど?」
「食べたいものはあるが、作る必要はない」
「……?」
どういう意味か測りかね、眉根を寄せかけたところへキスされて目を見開く。
「明日は、一日中ゆっくり味わいたい」
意味を理解した途端、頬が熱くなった。
そんなわたしを見た朔哉はニヤリと笑い、「日付が変わる前には帰る」と言って、もう一度キスをしてから出て行った。
(甘々モードの朔哉に慣れるのに、十年くらいかかりそうなんだけど)
大きく膨らみ、いまにも破裂しそうになっていた不安は、小さくなって胸の奥に引っ込んだ。
不安ではない、別のものでドキドキする胸を押さえつつ、明日は朔哉とゆっくり過ごすために、今日のうちに洗濯や掃除をすべて終わらせて、カレーも作ってしまおうと決める。
時間が余るようなら、カメラを持って散歩に出ればいい。
撮りたいと思う瞬間や光景は、そこかしこに転がっている。
朔哉がいない時にしかできないポニーテールに髪をまとめ、これまでと同じように、芽依にハッピーバースデーのメッセージを送った。
平常心を保つには、普段と同じ行動をするのが一番だ。
まずは洗濯から始めようとベッドのシーツを引き剥がした時、インターフォンが鳴った。
訪問者にアテはなく、朔哉が忘れ物をして戻って来たのかと思いながらモニターを見て、目を瞬く。
そこに映っていたのは、サングラスをかけ、つば広の帽子を被った、見るからに怪しげな女性だった。