意地悪な副社長との素直な恋の始め方
(あ、怪しい……怪しすぎる)
「あの……」
どちらさま、と訊ねるより先に、答えが返ってきた。
『月子です』
先週知り合ったばかりの未来の義母の名を聞いて、慌ててロックを解除する。
「い、いま開けます!」
数分後、玄関先に現れた彼女は、サングラスを取って美しい顔をさらしていた。
「ごめんなさいね? こんな早い時間に」
眉根を寄せて心の底から申し訳なさそうに謝る姿は、朝から目撃するには刺激が強すぎる。
美しすぎて。
「い、いいえ! もう起きていたので……」
「そう? ところで偲月さん、今日は何か予定がおありかしら?」
「いえ、特には……」
「じゃあ、わたしとデートしましょうよ」
「は? でも、あの……」
朔哉に、彼女とお茶を飲むことすら禁止されたのを思い出し、どうすべきか決めかねてしまう。
そんなわたしの態度に、月子さんはいたずらっけのある笑みを見せた。
「大丈夫、朔哉にバレやしないわよ。どうせ今日一日、芽依さんにかかりっきりなんだから。あ、お化粧はしなくていいけれど、日焼け止めはした方がいいわね。カメラも持参したら? じゃ、下で待ってるわね」
「え……」
一方的に約束を取り付けた月子さんは、ひらりと身を翻して、行ってしまった。
わたしが断るという事態は、まったく想定していないようだ。
部屋着からジーンズ、ベージュのシアーシャツへ着替え、日焼け止めを塗りたくる。
月子さんがどうしてカメラを持って来るように言ったのかわからないが、いつもの撮影道具一式が入ったリュックサックを掴んで部屋を出た。
「偲月さん!」
マンションのエントランス前に停まっていたのは、なんともド派手な赤いオープンカー。その運転席に座って手を振っているのは、月子さんだ。
「お、お邪魔します」
「行き先は、わたしの一存で決めていいかしら?」
「はい」