意地悪な副社長との素直な恋の始め方
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ペーパードライバーではない証拠に、月子さんの運転はとてもスムーズだった。
風を切り、エンジンの音と照りつける太陽の熱に包まれてのドライブは爽快だ。
「オープンカーに乗るのは初めてなんですけど……いいですね」
「そうでしょ? でもこれ、朔哉のおさがりなのよ」
「おさがり?」
「あの子、いま乗っている車を造るまでは、二、三か月ごとに車を入れ替えていたのよ。滅多に乗れないくせにね」
「車好きだって、聞きました」
「朔哉の小さい頃の夢は、スーパーカーを作るエンジニア。わたしがCMに出ていた大手メーカーの展示会に連れて行った時なんて、それはもう大興奮でねぇ……可愛かったわぁ」
「子どもらしいところもあったんですね。いまの彼からは想像もつかないですけど……」
「そうね。わたしが夕城と離婚せず、朔哉の弟か妹を産んでいれば、いまほどひねくれはしなかったかもしれないわ」
「…………」
月子さんの横顔は寂しそうで、母親として朔哉に寄り添えなかったことを悔いているのが窺えた。
夕城社長と彼女の間に何があったのかは、知らない。
けれど、軽々しく結婚し、離婚するような人ではないだろうと思う。
彼女の恋人について、取り沙汰されたことはあっても数えるほどだ。
再婚の噂も、聞いたことがない。
「ねえ、偲月さん。顔合わせをした日曜日、何かあった?」
「え……」
予想外の質問――というよりも確認に動揺してしまい、咄嗟に取り繕えなかった。
「一度席を立ったあと、戻って来てからの様子がおかしかったから。紗月さんも気にしていたわ。ただ、偲月さんから相談されない限り、口出しはしないと言っていたけれどね」
「…………」
飲み過ぎを咎める視線を向けられたものの、その後、母からは何も言われなかったので、まさか気づかれていたとは思っていなかった。
月子さんは、沈黙するわたしを無理に問い詰めたりはせず、いきなり話題を変える。
「偲月さん、スイーツは好き?」
「え? はい。何でも好きですけど……」
戸惑いながら頷くと、月子さんはにっこり笑った。
「これから行くわたしのお気に入りの場所、絶品のプリンが食べられるのよ。それに、きっとカメラを向けたくなるものがあるから、楽しみにしてて!」