意地悪な副社長との素直な恋の始め方
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一時間弱のドライブの目的地は、海辺にある小さなカフェ――というより、「小屋」だった。
小屋の横、柵で囲われた草地では丸々と太ったニワトリが走り回り、入り口に掲げられた「コケッコー農園」という看板には、ヒヨコ……と見えなくもない抽象的な絵が描かれている。
「ここのプリン、新鮮なとれたてのタマゴを使っていて、絶品なのよ! オムライスもオススメ。ランチにはちょっと早いけれど、食べてみる?」
「あ、はい。朝、食べていないので、ぜひ」
「こんにちは!」
勢いよくドアを開けた月子さんのあとに続き、恐る恐る足を踏み入れると、明るい声に出迎えられた。
「いらっしゃいませ! あ、月子さん!」
奥のキッチンスペースから出て来たのは、赤いチェック柄のエプロンをした女性だ。
黒髪はゴムで一つに束ねただけ。化粧っけのない顔は、日に焼けて健康そうで、しかも肌がツヤツヤだ。
たぶん、わたしより年上だと思われるが、とても若々しくてエネルギーに満ち溢れている感じがした。
「とうとう自分だけの秘密にしておけなくて、お友だちを連れて来ちゃったわ」
「ありがとうございます! 今日は、パウンドケーキも焼いたんですよ?」
「本当っ!? ぜひ一本いただきたいわ」
「じゃあ、お持ち帰り用にご用意しますね。ご注文は、プリンですか?」
「ええ。でも、その前に、お腹が空いてるからオムライスをお願いしたいわ」
「二人分でよろしいですか?」
「ええ」
細やかな気遣いで、アレルギーや苦手なものはないかとわたしに確認した女性は、冷やしたハーブティーを注いだグラスを置いて、キッチンへ戻った。
小屋の中は、手作り感満載無骨なテーブルと椅子が二組あるだけで、床も天井も木がむき出しだ。
しかし、カントリー調で統一された空間は、とても居心地がいい。
赤いチェックのテーブルクロスにはヒヨコが刺繍でちりばめられ、壁にはドライフラワーや押し花、リースが架けられている。
窓際の長テーブルには、ポプリや美しいトールペイントが施された小物、パッチワークのベッドカバーやランチョンマット、とれたてのタマゴが詰まったバスケットなどがひしめき合うようにして並んでいた。
「ステキなお店ですね」
「でしょう? この土地は彼女のおじいさまのもので、長年細々と養鶏をされていたんだけれど、昨年お亡くなりになってね。売ってしまおうかって話になったのだけれど、都会の証券会社でバリバリ仕事をしていた彼女が跡を継ぐと立候補したのよ」
「……すごい決断力ですね」
わたしは彼女の思いきりのよさに感心したが、キッチンから抗議の声がした。