意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「夕城は、二人が二十歳になった時、それぞれに話したそうよ。だから、いまでは朔哉と芽依さん、二人とも自分たちに血の繋がりがないことを知っている」

「…………」


二人に血の繋がりがないということは、芽依の告白を聞いていたので「やっぱりそうか」と思っただけだった。

けれど、わたしが出会った時には、すでに朔哉は彼女が『異母妹』ではないと知っていたなんて、思ってもみなかった。

血の繋がった妹ではない彼女に恋心を抱いても、禁忌を犯すことにはならない。
それでも、何も知らない芽依のために「兄妹」であろうとしたのだろうか。
それとも、芽依が真実を知るまで、待っていただけなのだろうか。

――あの頃、自分は朔哉の気持ちを誰よりも知っていると思っていたけれど、本当は何もわかっていなかったのかもしれない。

グラリ、と視界が揺れたような気がして、思わず固いベンチの縁を掴んだ。


「血が繋がっていなくとも、長い月日を『兄妹』として過ごしてきたのだから、その関係は変わらないのが普通かもしれない。でも、わたしには……いまのあの二人は『兄妹』という役を演じているようにしか見えないわ。特に、先日の芽依さんは、『兄』の結婚を祝う『妹』ではなかった。まるで『恋人』を取られまいと必死に相手を威嚇しているように見えた。偲月さんも、そう感じたんじゃなくて?」


確かに、あの夜の芽依は敵意に近い感情をわたしに向けていたと思う。

けれど、あくまでも妹として、仲の良い兄を取られることに嫉妬している、と説明することも可能だ。
実際、芽依がわたしに要求したのは、『妹』として『兄』と変わらぬ関係を今後も続けたい、ということだけなのだから。

わたしが肯定も否定もできずにいると、月子さんは意外な告白を口にした。


「あんな風に恋人もどきの仲の良さを見せつけられて、これ以上傷つきたくなくて、向き合うよりも逃げ出すことを選ぶ気持ちもわからなくもない。実際、わたしも逃げ出した口だし」


潔く凛としているように見える月子さんが、臆病で卑怯なわたしと同じだったなんて、信じられなかった。


「月子さんが逃げ出したのは……夕城社長から、ですか?」

「ええ。我が子を……朔哉を置いて、夕城との結婚生活から逃げ出したの」


なぜ、と軽々しく訊ける話題ではないけれど、聞き流してしまえるほど、無関心にはなれなかった。
月子さんは、ためらうわたしの気持ちを読み取って、微かに笑みを浮かべる。


「長い昔話だけど……聞いてくれる?」

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