意地悪な副社長との素直な恋の始め方
結婚と離婚の事情
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「夕城と芽依さんの母親が、恋人同士だったことは知っていた?」
「え? いえ。母の口から聞いただけですが、夕城社長の愛人だったとしか……」
「そうね。世間一般では、わたしが正妻。彼女が愛人ということになるんでしょうけれど、本当のところは逆よ」
「逆?」
「夕城が愛し、結婚したいと思った女性は『彼女』だけ。わたしと結婚したのは、わたしが朔哉を妊娠したから。愛情で結ばれた結婚ではなかった」
まるで映画のナレーションのように、淀むことなく淡々と紡がれる言葉は、胸を抉るものだった。
「夕城と芽依さんの母親――彼女は大学で出会い、恋に落ちた。とても仲睦まじい恋人同士で、周囲の人たちは、二人が結婚するものだと思っていたようね。でも、卒業と同時に別れたの」
「どうして……ですか?」
「彼女の父親は政治家で、ひとり娘の彼女の夫は、彼の後継者でなければならなかったのよ。でも、夕城は大企業の跡取りで、政界に入ることはできない。結局、二人とも自分たちの立場や責任を投げ捨てることができず、別れを選んだ」
継ぐべきものを持たない庶民のわたしには、理解しがたい話だ。
けれど、エンジニアになるという幼い頃の夢を叶えることなく、父親の跡を継いで『YU-KIホールディングス』に就職した朔哉も、自分の気持ちより、立場や責任を優先させたのかもしれないと思った。
「わたしが夕城と出会ったのは、二人が別れて三年ほど経った頃。高級旅館のCMオーディションがきっかけだった。当時、エキストラに毛が生えた程度のキャリアしかなかったわたしにとって、初めて手にした大きなチャンスでね。オーディションのあと、夕城から食事に誘われたとき、枕営業だろうと何だろうとする覚悟で承諾したわ。でも……彼がわたしを食事に誘った理由は、そんな下世話なものじゃなかったの」
元継父は、女性にモテるひとだとは思うが、基本的に紳士だ。
金や力にものを言わせるような、みっともない真似はしないだろう。
「夕城社長は、なぜ月子さんを食事に誘ったんですか?」
「同情よ。世間知らずの小娘を気の毒に思ったのよ」
「同情?」
「そのCMに起用する女優は、最初から決まっていたの。出来レースね。ほかのタレント事務所への配慮も必要だから、形ばかりのオーディションを設けただけ。よくある話よ。裏事情を知っていた他の候補者たちは、せいぜい次への顔つなぎ程度の気持ちで参加していたのだけれど、経験のないわたしだけがわかっていなかったというわけ」