意地悪な副社長との素直な恋の始め方

矛盾しているように思えて問い質すと、月子さんはそっと溜息を吐いた。


「芽依さんの母親が結婚した相手は、彼女の父親が亡くなった途端、好き勝手し始めたの。浮気を繰り返して、暴力も振るって。周囲に相談できる人がひとりもいなくて、彼女は夕城に助けを求めたのよ」


優しい夕城社長のことだ。
泣く泣く別れた元恋人の苦境に、喜んで手を差し伸べただろうことは、たった一年一緒に暮らしただけのわたしでもわかる。


「夕城は、離婚訴訟に強い弁護士を手配したり、母娘が安心して暮らせるマンションを用意したり、親身になって彼女を助けたわ。もちろん、彼はわたしに包み隠さず事情を話してくれたし、再会した二人の間に肉体関係はなかったと思う。ただ……わたしが、信じられなかったの」


自分自身の告白を、月子さんの口を通して聴いているような錯覚に陥った。


「彼女はわたしよりもずっと、夕城の妻に相応しい人でね。教養もマナーも完璧。お嬢様育ちでも家事は得意で、子どもの世話もきちんとしていたわ。家事がてんでダメで、芝居の稽古に夢中になると朔哉の世話を忘れてしまうわたしとは、大ちがいよ。いかに自分が妻として、母親として、ダメな人間か、彼女を見るたびに痛感したわ」


芽依の母親にコンプレックスを抱いていたその頃の月子さんは、芽依にコンプレックスを抱いているいまのわたし、そのものだった。


「だから、せめて女優としてのプライドだけは失いたくなくて、仕事を詰め込んだ。ファンの存在が、わたしを支えてくれていた。でも、そんな生活、いつまでも続けられるはずがなかったのよ」


そこまで話した月子さんは、ひと息入れるように長々と息を吐いた。

しばらく間を置き、覚悟を決めたようにまっすぐ前だけを見つめ、月子さんは再び口を開く。


「夕城が彼女と再会して、三年が過ぎた頃。彼が出張中の夜、わたしは自宅の階段を踏み外して足を痛めてしまったの。家政婦さんはもう帰ってしまっていて、朔哉は眠っている。携帯も二階の寝室で、助けを求めるにはリビングの固定電話まで這って行くしかなかった。かなり時間がかかったけれど、どうにか辿り着いて……痛みとパニックで、救急車ではなく、夕城に電話してしまったの。幸いにも電話はすぐに繋がったのだけれど……応答したのは彼ではなくて、芽依さんだった」

「え……? 芽依? どういうことですか?」


夕城社長は出張中だったはずだろうと訝しむわたしに、月子さんは首を振って笑った。


「夕城は、彼女の母親と三人で、芽依さんの誕生日を祝うために泊りがけで遊びに行っていたのよ」

「…………」

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