意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「離婚したら朔哉はわたしが引き取るつもりだった。でも、朔哉自身が夕城のもとに残ると言ったのよ。女優であるわたしの足手まといになりたくないと考えたのね、きっと」
「そう、でしょうね……」
朔哉は、何でも自分の思うがままにしているように見えて、実際は相手にとって一番いいと思う行動をする。
芽依と血の繋がりがないと知っていながら、気持ちを打ち明けなかったのも、彼女の気持ちを優先したから。芽依が望むなら、あくまでも『兄』を演じ続けようと考えていた――そう仮定するのは、見当ちがいではないと思う。
だから、芽依が朔哉と『兄妹』以上の関係になることを望んでいると知ったなら、その逆もあり得る――。
(ちがう。そうじゃない。想像で、結論を出すべきじゃない。それは、いま、考えるべきことじゃない)
震えそうになる唇を引き結び、風に吹かれ、しなやかに揺れる木々をしばらく眺めて、荒れかけた心が凪ぐのを待った。
「わたしと夕城が離婚して間もなく、芽依さんの母親は進行性の病気に罹って、一年後に亡くなったわ。彼女が亡くなる直前、夕城は芽依さんを娘として引き取るために入籍したの。でも、朔哉にあえて詳しい事情は話さなかった。芽依さんと本当の兄妹のようにして、育ってほしいという気持ちからだったらしいけれど……口さがない人間は、どこにでもいるのよね」
芽依さんの母親と夕城社長がかつて恋人同士だったことを知る人は多く、二人は別れたフリをして関係を続けていた――そんな噂が、まことしやかにささやかれ、朔哉もそれを耳にしていたのだろうと、月子さんは溜息をこぼした。
「夕城から、芽依さんと血が繋がっていないと聞かされた時、朔哉は信じられなかったらしくて、わざわざわたしのところへ確かめに来たの。あの子、わたしが自分を妊娠したせいで、夕城は芽依さんの母親と結婚できなくなったと思っていたのよ。実際、二人の仲を知る人から見れば、わたしの方が妊娠を盾にして夕城に結婚を迫った悪女だから、あながち真っ赤な嘘ではないけれどね」
「そんな、」
何も知らない人ほど、無責任なことを言う。
それが世間というもので、いちいち真に受ける必要はない。
女優という人気商売を生業にする月子さんは、十分すぎるくらい、そのことをわかっている。
でも、だからと言って何の影響もないわけじゃない。
傷つかないわけじゃない。
「もちろん、故意に妊娠したわけではないわ。でも、そうなることを……夕城が愛してくれることを欠片も望まなかったと言えば、嘘になる。恋人と呼べる人は、夕城と結婚する前も、彼と別れたあとも、何人もいた。でもね、このひとの子どもを産みたいと思ったのは……家族になりたいと思ったのは、後にも先にも夕城だけなのよ。まったくもって、悔しいことに」
もう、恋ではない。
愛とも、ちがう。
ただ、忘れられない。
それほど深く愛し、深く傷ついたということなのだろう。
「いまでも、夕城社長のこと……許せませんか?」