意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「これ、あのっ」
驚いて振り返ったわたしに、月子さんは「してやったり」と言うような笑みを返した。
「いまどきの若者を研究できるし、思いがけない出会いがあるから、大学の学校祭によく行くの。その写真と出会った時は、ちょうど役づくりに行き詰っていた時でね。何だか見てるだけで清々しい気持ちになれて、同じフォトグラファーの写真を全部買ったの。それ以来、毎年――自分が行けない時でもマネージャーに頼んで買い占めてもらって、ここに飾っていたんだけれど……譲ってほしいと言う友人が多くって。いま、わたしの手元に残っているのは、それだけなのよ」
「買い占めてくれていたのって……月子さんだったんですね」
「そのうち、コンテストや何かで名前を聞くだろうと思って呑気にしていたのに、大学を卒業したらそれきりなんだもの。どうやって探し出そうかと悩んでいたのよ。だから、朔哉の結婚相手が偲月さんだと知って、これは運命だと思ったわ」
「運命……?」
「わたしたちは、どこへ行き、何をするかは選べても、『誰』と出会うかまでは選べないわ。出会いは運命よ。ただし、その出会いをどう生かすかは、本人の意思次第だけれど」
わたしの隣に並んだ月子さんは、空を見上げ、ぽつんと佇む雪うさぎをそっと指で撫でながら、耳を疑うような提案を口にした。
「わたしね、秋にクランクアップする予定の映画を最後に女優を引退するの。それで、記念にフォトブックのような自伝を出そうって話になってね。その写真を偲月さんに撮ってほしい」
「え……?」
(わたしが、月子さんの自伝を撮る……? っていうか、女優を引退するって、どういうこと? なんで?)
急な話に理解が追い付かない。
「あの、なんで引退なんて……」
戸惑い、混乱するわたしに、月子さんは更なる衝撃をもたらした。
「ここ数年、騙しだましやって来たのだけれど、手術をするしか打つ手がないとお医者さまに言われてしまってね。クランクアップしたら、入院するの。不治の病じゃないけれど、手術が成功したとしても肉体的、精神的に負荷の大きい活動は制限されることになる。治療に専念するためにも、休止ではなく引退しようと決めたの」
「そのこと、朔哉は、夕城社長は……」
「知らないし、言うつもりもないわ。離婚した夕城とは他人だし、何もしてあげられなかった母親のくせに、朔哉に頼るのは虫が良すぎるでしょう?」
「でもっ」
「思い残すことのないよう、最高の演技をしたいのよ。だから、わたしを甘やかす人たちは傍に置きたくない」
月子さんの表情に迷いはなく、何を言っても、考えを翻すことはないのだとわかった。
「どうかしら? あくまでも、偲月さんの気持ち次第ではあるけれど……女優『新井月子』の最後を撮ってくれない?」