意地悪な副社長との素直な恋の始め方
浮気? 本気?
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朔哉の部屋に帰ってからも、月子さんからの予想外すぎるオファーに、混乱が収まらなかった。
大女優から指名されるなんて、光栄なことだ。
が、喜ぶ以前の問題。
考えるべきこと、気にかかることが山積みだ。
ファンのためにつくるものだから、あくまでもスクリーン上では見られない「新井月子」を撮ってほしいとのことだったが、決められた日時、限られた時間で撮影するのでは、彼女の素顔を撮りきれないだろう。
となると、必然的に密着取材のような形を取ることになり、そうなると普通に会社勤めしていても可能なのかという疑問が生まれ……。
(調べてみなければわからないけれど、そもそも副業可だったっけ?)
ダブルワークを推奨する会社は増えているが、その場合でも「制約なし」というパターンはあまりないかもしれない。
京子ママのお店で働いていたのは、あくまでも臨時的なものだった。
でも、今回はちがうし、正体をごまかすわけにもいかない。
もし、ダブルワーク不可だった場合、オファーを断るのか? と言われれば、すんなり頷けない気持ちがある。
そして、プロとして仕事をしたことのないわたしに、大女優を撮るなんて大役が務まるのか? というのが、一番大きな疑問だった。
月子さんを撮りたい。
でも、撮りたいように撮れるのか。
彼女が伝えてほしいと思っている姿を、切り撮る技量が自分にあるのか。
わからない。
怖気づくのと同時に、挑戦したいという思いもあって、気持ちは定まらず、グラグラ揺れている。
(シゲオなら、「またとないチャンスを逃がすなんてバカじゃないの?」って、言うだろうなぁ……)
月子さんは、今日明日にでも返事がほしいとは言わなかったが、早いに越したことはないだろう。
映画の撮影が佳境に入ると、プライベートの時間を作るのが難しくなると言っていた。
(どう、しよう……どうすれば、いい?)
不安、期待、恐れ、好奇心。
洗濯機に放り込まれた洗濯物のように、次々胸の内に生まれる感情の奔流に呑み込まれ、揉みくちゃにされ、すでにぐったりだ。
しかし。
いくら精神的にぐったりしていても、健康なわたしの身体は空腹を訴えるのをためらわない。
とりあえず、お腹を満たし、シャワーでリラックスしてから、改めて考ることにして、冷蔵庫から材料を取り出した。
まずはロティの生地作りから。
ギーとぬるま湯、塩を足した小麦粉を練り、出来上がった生地を休ませている間に、カレー作りに取り掛かる。
オクラを刻み、ニンニクとショウガをすりつぶし、スパイスを調合。食欲をそそる匂いにうっとりしながら、炒めて味がなじむのを待つ。
明日のために、玉ねぎとニンジンでインド風ピクルスも作った。
十分生地を休ませたところで小分けにし、適当な大きさの円形に伸ばしてから、フライパンで焼き上げる。
明日の朝の分を少し残しておくつもりが、食欲の赴くまま、ついうっかり完食してしまった。
(ま、いっか。明日は、朔哉が気に入ってるセレブなパン屋さんへ行けばいいし……)