意地悪な副社長との素直な恋の始め方
シャワーを浴び、オンラインで就業規則を確かめてみようかと思っていたところに、意外な人物から電話が架かってきた。
(芽依? 何だろ……?)
画面に表示されている名前に首を傾げながら、取り敢えず応答する。
「もしもーし?」
通信環境が良くないのか、電話の向こうからはクラシック音楽のような、ざわめきのような、不明瞭な雑音が聞こえるだけだ。
「も、」
もう一度呼びかけようとした時、ようやく芽依の声がした。
『あー、美味しかった! 日本で食べる料理が一番美味しいって思っちゃうのは、わたしだけ?』
『俺も、日本人向けに味をアレンジされいる方が好きだよ。そもそも、素材や水もちがえば気候もちがう。同じ方法で作っても、同じ料理にならないのは当然だろうな』
もう一人の声の主は、朔哉だ。
『そうだね。体調も変わるしね。むこうにいた時によく食べていたスイーツも、日本で食べると甘すぎるって感じちゃうもの。それに……やっぱり、ちょっとホームシックだったせいもあるのかも』
『ホームシック? 日本にいた時よりも元気そうに見えたけどなぁ?』
『それは、お兄ちゃんと会えて嬉しかったからだよ』
こちらを無視して続く会話に、何かの拍子に芽依が誤って電話を架けてしまったのだろうと思った。
二人がどんな風に彼女の誕生日を過ごしているのか気にはなるけれど、盗み聞きする趣味はない。
たとえ知りたいことを聞けるとしても、後味が悪すぎる。
しかし、続いて聞こえて来た言葉に、思わず電話を切ろとしていた手を止めてしまった。
『でも……もう、こうやって朔哉お兄ちゃんと二人きりで誕生日を過ごせないんだね。結婚したら、妹より奥さんを優先するのは当然。偲月ちゃんが今日で最後にしてほしいって言うのも、無理はないよね』