意地悪な副社長との素直な恋の始め方


手から滑り落ちたスマホが、テーブルにぶつかり、鈍い音を立てて床に落ちた。

たったそれだけの衝撃で、画面にひびが入る。
少しずつ、疵が入り、脆くなっていたのかもしれない。

茫然とする耳に聞こえるのは、ビジートーンだけだ。


『――ッ、――ッ、――ッ、………』


落ちた衝撃で切れたのか、芽依が切ったのかはわからないが、芽依の声も、朔哉の声も、聞こえなくなっていた。


(修理、しなきゃ……)


とにかく、電話の向こうで起きていることを考えてしまわないように、「これから」のことを考える。

朔哉が帰って来たら、近くに修理を依頼できるショップがあるか訊いてみよう。
なければ、仕事帰りに駅前のショップに立ち寄ることにしよう。

それから、いつものように同じベッドで抱き合って眠り、同じベッドで抱き合ったまま目を覚ます。

目が覚めたら、セレブなパン屋さんへ行かなきゃ。
おいしいパンとコーヒーの朝食のあとは、のんびりテレビ番組を観てもいいし、オンラインで映画を観てもいい。

飽きたら、ちょっと近所を散歩しに行こうか。

確か、近くに川があったはずだ。
天気が良ければ、テイクアウトしたランチを河川敷で食べるのも悪くない。
もちろん、カメラも持って行く。

夕食は、一晩寝かせたカレー。ロティは、ちゃんと焼きたてを作る。
ドリンクは、ワインじゃなく国産ビール。デザートはコンビニのシュークリームで決まりだ。

月曜日の朝ごはんは、和食にしよう。
朔哉が早く家を出るようなら、おにぎりを作ってあげる。

ネクタイは、セミウィンザーノット。
朔哉には、正統派の装いが一番似合う。


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