意地悪な副社長との素直な恋の始め方
カラカラと笑いながら、丁寧にクリアファイルをキャリーケースにしまったコウちゃんは、じっとわたしを見つめて「決心がついた?」と訊いた。
「決心?」
「プロになる決心」
「そ、れは……まだ……」
「でも、相談したいこと、あるんでしょ?」
「……うん」
「師匠として、頼りにされるのは嬉しい。話してみて?」
優しく促され、月子さんからのオファーのこと。やってみたいと思っていること。自分の技量に自信がないこと。会社を辞めて、カメラ一本では食べていけないと思っていることなどを、つらつらと話す。
コウちゃんは、黙って頷きながら聞いていたが、わたしがひと通り話し終えると訊ねた。
「偲月ちゃんの中では、もう答えは出てるんじゃない?」
「え……」
「全部、月子さんのオファーにチャレンジすることが前提の悩みでしょ」
「…………」
その通りだった。
どうやって断るかではなくて、どうすれば挑戦できるかばかり考えていた。
朔哉との関係が揺らぐのを恐れ、広報へ異動するのをためらっていたのが嘘のようだ。
「やりたいなら、やるべきだと思うよ。大女優を撮るなんて、名のある映画監督でもなかなか叶わないことだしね。ただ、実際問題として、カメラだけで食べて行くのは楽じゃない。でも、偲月ちゃんの場合、副社長と結婚したらその辺は考えなくてもいいと思うけど?」
「確かに、生活費を稼ぐ必要はないと思うけど……朔哉とは、切り離して考えたくて。その、遠慮しながらやりたくないっていうか」
漠然とではあるけれど、朔哉と結婚しても仕事は続けたいと考えていた。
生活レベルをわたしに合わせてもらうわけにはいかないから、生活費は朔哉のお金で賄うことになるのは確実だが、自分の趣味の分くらいは自分で稼ぎたい。それが仕事ならば、なおさら自分の力で何とかしたい。
いまとなっては、本当にこのまま結婚することになるのかどうか、わからないが。
「なるほどね。昔から自立心が強かったもんね、偲月ちゃんは」
「そ、うかな?」
「実の母親でさえ、頼らない。一緒に暮らしていた時、不器用な子だなぁって思ってたよ。でもね、いつもそれでいいとは限らないと思うんだ。フリーの仕事だとコネや伝手がとても大事で、持ちつ持たれつなところがあるし、そもそも写真には、被写体があるでしょ? 自分ひとりでは完結できないものなんだから」
コウちゃんの言うことは、何となくわかった。
フリーの場合、営業も自分でこなさなくてはならないし、他人に協力を仰がなくてはならないことも多々あるだろう。
写真を撮って終わり、ではない。
「というわけで、まずは一番手っ取り早いコネを使ってみたらどうかな?」