意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「手っ取り早いコネ?」
「そ。アルバイトで雇ってた助手の大学生は就職が決まり、ヤギちゃんは妊娠中。只今、日村写真事務所では、助手大募集中なんだけど」
「…………」
「ただ、申し訳ないけどいまのOL並みのお給料は払えない。その分、撮影技術を盗んでもらって構わないし、相談にも乗るよ」
「本当?」
「うん。それと、助手のアルバイトだけじゃ、心もとないと思うから、二足の草鞋を履くといいよ。この間の撮影で思ったけど、偲月ちゃん、やっぱりモデルに向いてる。緊張しちゃうのは、誰でも一緒。慣れれば、大丈夫。流星くんに、昔彼が所属していたモデル事務所を紹介してもらうといい」
「や、でも……モデルなんて」
「偲月ちゃん。チャンスはいつも巡って来るとは限らない。シャッターチャンスと一緒。その一瞬を逃がしたら、もう二度と巡り会えないかもしれない。本当に欲しいものがあるのなら、がむしゃらに掴みにいかなきゃならない時があると、僕は思うよ」
欲しいものも、やりたいことも、手が届かないと思えば、最初から諦めてきた。
そんなに欲しくなかったのだ、とか。ちょっと興味があっただけだ、とか。
アレコレ言い訳を見つけては、手の届くもので満足することに慣れきっていた。
挑戦して失敗し、立ち直れなくなるのが、怖かった。
何度失敗しても諦めない強さが、自分にあるとは思えなかったから。
「でも、失敗したら……カメラが、嫌いになるかもしれない」
「いいんだよ、嫌いになっても。どうせ一時のことで、また撮りたくなるから」
「そんなわけ、」
「大丈夫。僕の経験上、やめたくてもやめられないから」
そう言って、コウちゃんは朗らかな笑い声をあげる。
「コウちゃんも、やめたいと思ったことがあるの?」
「そりゃあるよ。何度もね。なかなか写真一本では食べて行けなかったし、いつまで夢を追いかけてるんだって、親を始め、友人、恋人、何人にも言われたしね。でも、いまとなっては、いろんな職業を経験してよかったと思う。そこに行かなければ見られない風景があるし、そこでしか出会えなかった人たちがいるからね」
そう言えるのは、コウちゃんだからだ。
夢を追いかけ、途中で挫折してしまう人もいる中、諦めることなく、腐ることなく、前向きにすべての出来事を吸収し、自分の糧にできたからだ。
自分も彼のようになれる、とは到底言えない。
コウちゃんは、覚悟を決められないわたしに呆れることも、怒ることもなく、真摯な言葉をくれた。
「必ず成功するという保証はどこにもない。でもね、これだけは自信を持って言える。失敗した時の後悔よりも、挑戦しなかった時の後悔の方が、何倍も大きくて、尾を引くんだよ」