意地悪な副社長との素直な恋の始め方
(これがサヤちゃんなら、奪い返すとか、威嚇し返すとかするんだろうなぁ……)
合コンで、お目当ての男性の競争率が高い時は、多少えげつない真似をしてでも、確保すると言っていた。
そのアグレッシブな姿勢は尊敬するが、わたしにはとても無理だ。男性を巡って、女の戦いを繰り広げた経験は一度もない。
学生時代、いかにも遊んでそうな悪女に見える顔立ちのせいか、「彼女がいてもいいの!」とカレシにアプローチしてくる女子は、結構いた。
簡単になびく、見た目どおりチャラ男でクズ男のカレシだったときもあれば、頑として誘惑をはねつける、見た目はチャラ男でも中身は真面目くんのカレシだったときもあった。
しかし、どちらの場合も、修羅場になる前にあっさり譲り渡していた。
ムカつきはしたけれど、戦うのが面倒だったし、どう考えても、自分より彼女たちの方がカレを好きだと思ったからだ。
何が何でもカレシの気持ちを取り戻したい、誘惑する女性を遠ざけたいと思わない自分は、カレシのことがそれほど好きではないんだと、再確認させられたからだった。
(そう考えると……わたしよりも芽依の方が、朔哉のこと好き……だよね)
芽依は、幼い頃からずっと、朔哉の傍にいて、恋心を育んできた。
自分と朔哉は、本当の兄妹だと思っていても、だ。
なりふりかまわず、想いをぶつけずにはいられないくらいに、その想いは大きく深い。
(それに比べて、わたしは……)
素直に自分の想いを伝えることも満足にできず、芽依と渡り合う勇気もない。
あまりに情けない自分にうんざりしながらふと見上げた駅の電光掲示板に、月子さんが送ってくれた撮影場所の地名を見つけた。
まだ、昨夜の芽依の生々しい声が耳に残っているいまは、出来る限り朔哉と顔を合わせる時間を短くしたい。
それに、月子さんの「女優の顔」を見てみたかった。
月子さんのオファーに返事ができるほど、考えは未だまとまっていないけれど、映画の撮影に興味はある。
(これは……逃げてるわけじゃなく、遠回りしてるだけだから)
誰にともなくそう言い訳して、ホームに滑り込んできた電車に乗り込んだ。