意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「へ?」
唐突に、横に座るシゲオに言われ、目を瞬く。
「溜息吐くの、十回目。シアワセが逃げまくってるわよ?」
女性向けのファッション雑誌をめくるシゲオは、茶髪に鼻ピアス、両方の耳にはルーズリーフ並みのピアスホールを持つチャラ男だが、中身はオネエ。
本人もそのことを隠したりしていないし、周囲もすんなりと受け入れている。
美容師を目指していると公言する彼に、男女問わず、メイクやヘアアレンジのアドバイスを聞きたがる生徒は多く、かく言うわたしも、時々流行りのメイクを教えてもらっていた。
「そんなに溜息吐いてた?」
「ええ。恋する乙女並みにね」
「こっ! ……恋する乙女なわけないでしょ。この、わたしが」
とんでもない指摘に大声を上げかけ、慌てて声を潜める。
ガンガン音楽が鳴っている中、聞き耳を立てている人物はいないと思うけれど、恋愛には「クール」で「ドライ」な「わたし」のイメージが崩壊しかねない。
「偲月はビッチに片足ツッコんでいるけど、根は真面目だもの。コレと思ったら一途になるでしょ」
「ビッチ……」
「で、何がどうしたの? アンタがピザを残すなんて、余程のことでしょ」
ピザへの食いつき具合で状態を判断されるわたしってどうなのだろうと思ったが、人生経験豊富そうなシゲオのアドバイスを聞いてみようかと思い付く。
シゲオは、ヘアメイクの相談ついでに、恋愛相談もよくされているが、口が固く、無責任な噂を流したりしない。
「あの、さ……わたしの友だちの話なんだけど……」
「友だち、ねぇ……」
疑いのまなざしを向けられたが、自分の話を友だちの話にすり替えるのは、お約束だ。
見逃してもらおう。
「う、ん。その、さ、そういうつもりがまったくなかった相手とシちゃったみたいで」
「一夜の過ちってヤツ?」
「あ、過ち……というか、まぁ、勢いというか、ものの弾みというか……」
「雰囲気に流されたってことかしら?」
「まあ、そうなる、かな。でも、この先も顔を合わせずにはいられない相手だから、気まずくなるのもアレだし……」
「要するに、キレイさっぱりなかったことにしたいってこと?」
「い、や……そ、れは……」