意地悪な副社長との素直な恋の始め方
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シゲオは、手早くわたしの顔を回復させると流星のところへ連れ戻した。
「音声も撮るから、説明はあとで」
黙っているよう言われ、頷く。
月子さんは、庭の手入れをしながら、お芝居の台詞と思われる言葉をぶつぶつ言い、そのうち手振り身振りを加えて、庭を行ったり来たりし始めた。
大きな機材を担いだカメラマンと音声担当が、そんな彼女を追いかけていく。
あらすじはまったくわからないけれど、どうやら演技の練習をする女性を演じているようだ。
始めは棒読みだった台詞が、どんどん熱を帯び、その表情が生き生きとしたものに変わる。
みすぼらしく、やつれた表情の女性は、どこにもいなかった。
そこには、美しく輝く女優しかいない。
衣装も、メイクも、髪型も、何一つ変わっていない。
変わったのは、月子さんの表情や仕草、声音だけだ。
奇跡的に、思いがけない音が入り込む不幸なアクシデントもなく、長回しの撮影は一発で監督のOKが出た。
その瞬間、再び月子さんは別人――わたしの知る月子さんになった。
「……魔法みたい」
「まったくだわ」
「だから、化け物って言われてるんだよ」
(やっぱり……撮りたい)
遅かれ早かれ、自分は彼女を撮らずにはいられなくなるだろうと思った。
その気持ちに抗うのは、きっと難しい。
やりたい、挑戦したいと思っている自分の気持ちに素直になること。
自分の気持ちに素直になる――それは、恋愛に限らず、必要なことなのかもしれないと思った。
コウちゃんが言っていた、挑戦しなかった後悔の方が何倍も大きいという意味が、何となくわかった気がした。
(だとしたら……選択肢は一つしかない)
相談も、許可も、必要なかった。
必要なのは、一歩を踏み出すわたし自身の勇気だけだった。