意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「…………」
あまりにも想定外の芽依の言葉に、返す言葉を見つけられなかった。
「お兄ちゃんは、何も悪くない。昨夜、お父さんが家にいなくて、お兄ちゃんは酔ったわたしのことが心配で、朝まで付いててくれたの。それをちゃんと説明したくて、謝りたくて、偲月ちゃんを待ってたの。わたしのせいで、二人に喧嘩してほしくないから」
芽依は、わたしの沈黙を「驚き」ではなく「不機嫌」と決めつけるように言い募り、そんな彼女の演技に昨夜のことは全部夢だったんじゃないかとさえ、思えてくる。
「でも……余計にイヤな思いをさせちゃったみたいだね。お兄ちゃんと偲月ちゃんの部屋なのに、勝手にキッチンを使ったりしてごめんね? もう、ここには来ないようにするし、誕生日も……二人きりでお祝いするのは、今年で最後にするから。ずっと欲しかったものを貰ったし、いつまでも『妹』という立場に甘えてちゃいけないよね」
何の事情も知らなければ、清々しい笑みと共になされた告白は、ようやく兄離れを決心した妹の決意表明としか思わないだろう。
けれど、昨夜の彼女の告白を知る耳には、「望みが叶って満足した」「妹から脱却できた」という報告にしか聞こえない。
そして、一片の悪意も感じさせずに、巧妙な言い回しでわたしの口を封じた鮮やかなそのお手並みに、とてもかなわないと思った。
芽依は、嘘を言っていない。
わたしが口にできずにいる想いを、言葉にしただけだ。
彼女と朔哉の仲を疑い、本心では、二人きりで過ごしてほしくないと思っている、わたしの本音を言い当てただけだ。
だから、何も言えなかった。
何も、言うつもりはなかった。
朔哉が、何も言わなければ。