意地悪な副社長との素直な恋の始め方


痛み、苦しさ、悔しさ、哀しさ、怒り、諦め。
いろんな感情に塞がれた喉をようやく通り抜け、言葉になったのは、それだけだった。

それ以上何か言おうとすれば、どうにか押し止めていたものが決壊してしまいそうだ。


「偲月?」


怪訝な表情をする朔哉の横を通り抜け、寝室へ入る。

真っ先に手に取ったのは、撮影道具一式を入れたリュックサック。
これだけは、何があっても手放せない。

それから、ウォークインクローゼットの片隅にいたセカンドショップ出身の洋服たちや色気とは縁遠い下着、穴が開くまであと数回は何とか履けそうな靴下などを、エコバックに無理やりツッコむ。

バスルームに置いてあった、歯ブラシとサンプル中心の化粧品をポーチにぐいぐい詰め込めば、荷造りは完了だ。

しかし、あとは部屋を出るだけなのに、寝室の出入り口を朔哉が塞いでいる。


「偲月、ちょっと待て、いったい何をしてるんだっ!?」

「見れば、わかると思うけど」

「過剰反応しすぎだ! 実家で、妹と一晩過ごしただけだろう? 芽依は偲月に謝りたいと言っているのに、どうして受け入れない?」


朔哉の肩越しに、じっとこちらを見つめる芽依と月子さんの姿が見えた。

心配そうな表情の月子さんとは対照的に、芽依の顔には何の感情も浮かんでいなかった。
でもそれは、何も感じていないからではなくて、知られたくない感情を覆い隠すためだ。

その証拠に、彼女の大きな瞳は、わたしを射貫くような鋭い光を浮かべている。


――朔哉を誰にも渡したくない。

――どんな手を使ってもいいから、傍にいたい。

――家族でいられなくなっても、朔哉への想いを貫きたい。


そんな強い感情に、立ち向かえる気がしなかった。


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